つくづく多才な人だ。2010年発表の初小説『アップリケ』から12年。今月、エッセイ集『老いてきたけど、まあ~いっか。』(ダイヤモンド社)と今作『半月の夜』(KADOKAWA)を相次いで上梓した野沢直子氏は、来年3月、還暦を迎える。
「特に50代半ばからですね。見た目も中身も劣化が酷く、『えっ、こんなはずじゃなかったのに~!』っていうジタバタした感覚があったのは。そんな時にちょうど会社(吉本興業)で芸人に本を出させよう的なプロジェクトがあって、私も企画書を出したら、2冊も出すことになっちゃって」
〈私よ、走れ。〉という帯の文句が目を引く本作『半月の夜』の主人公は、毎日同じヨレヨレのスウェット上下に身を包み、ただ〈寝るための六畳〉を守るためだけにスーパーのレジ打ちに励む〈私〉と、商店街で亡き父親が始めた弁当屋を細々と営む〈俺〉。共に50代半ばの彼らはこれまでの人生に後悔しかなく、かといって何を変えるでもない中、ある運命の再会が転機をもたらすのである。
「老いるのが楽しみなんて絶対ウソ。老いはマイナス要素以外の何物でもなく、だから凹むし、傷付くし、それでも誰もが避けようのない事実だと思います」
と、来年でデビューから40年を数える野沢氏は言う。
「ここ2、3年で急にです。ネットで動画なんかを見てもなぜそれがウケるのかわかんないし、子供達の話にも全然ついていけなくて。これでも昔は結構イケてる方で流行にも敏感だったはずなのに、なぜって。コロナ下の状況もあって、いじけたような心境にもなり、これはまずいぞ、ちゃんと向き合わなくちゃって思ったんです」
特に老いは誰にでも降りかかる一大問題だからこそ、凹んではいられなかった。「例えば昔は鋭かった人が急にブレだしたりした時の不安や戸惑いは世界共通でしょうし、庶民もセレブもみんながもがいている。
55歳ともなれば、子供が手を離れたりもして、自分の人生、これでよかったのかとか、世間に対して何か出来たんだろうかとか、振り返りたくなるんですよ。その振り返った人生が仮にグダグダだったとしても、明日は容赦なくやってくるし、人生100年時代だと先はまだ長い。その残り40年以上をどう生きればいいかという時に、別にこれから幸せになろうとしてもいい、いつからでも遅くないって、できるだけ多くの人に思ってほしかったんです。
そこで浮かんだのが、月夜の商店街で誰かが新しい人生に向かって走っていくシーン。その疾走に至る外堀は、追々埋めていこうと書き始めました」
冒頭で〈ここ数年で私は、転がるように醜くなった〉と告白する私は、太りすぎで瞼までたるんだ自分や、全てが色を失い、〈灰色〉に見える視界をあえて自嘲し、〈現実の色を見ているより、今の方がラクだ〉とすら思う。