【書評】『ステージ4の緩和ケア医が実践する がんを悪化させない試み』/山崎章郎・著/新潮選書/1485円
【評者】関川夏央(作家)
「団塊の世代」の消化器外科医・山崎章郎が一九八四年、三十六歳で南極海底地質調査船の船医として乗り組んだのは『どくとるマンボウ航海記』の影響だったが、航海中に読んだキューブラー・ロス『死ぬ瞬間―死にゆく人々との対話』には衝撃を受けた。
「住み慣れた家で、大切な人々に囲まれて、死に向かう」患者の心と姿がそこにあった。顧みて当時の日本では普通とされた病院での死―心臓マッサージ、人工呼吸、家族への宣告、みなルーティンとしか思われなかった。
『病院で死ぬということ』を山崎章郎が書いたのは、まだ緩和ケア(ホスピスケア)が広く認知されていなかった一九九〇年、四十二歳のときで、東京西郊に24時間対応の在宅緩和ケア・クリニックを開設したのは二〇〇五年秋であった。
二〇一八年初夏。彼は大腸の異常を自覚した。それまでがん検診を受けなかったのは、終末期の患者の痛みと不安を緩和しつつ看取る医師として、自分もがんで死ぬ「義務」があると感じていたからだ。
同年秋、手術。ついで抗がん剤による「標準治療」(保険が利く)を受け、ひどい副作用に苦しんだ。しかし一九年五月、両側肺に転移がみとめられた。ステージ4、もう治療の手だてはない。
一時は「がんの自然経過に委ねよう」と思った山崎章郎だが、考えをあらためた。がんは増殖しなければ、すぐに命の脅威とはならない。「自らを実験台にして」「副作用の少ない、新たな選択肢となり得る延命治療を探してみよう」。この本の前半は、末期がん患者となったひとりの医師の誠実さと迷いをつたえる。そして本の後半は、食事療法と少量の抗がん剤使用(山崎医師の場合、標準治療の十五分の一)などで、がんを抑え込む試みの報告である。
その療法の評価は読者の判断に俟つが、ステージ4の診断から三年半、七十五歳となった著者は、いまも「がん共存療法」の実証に力を注いでいる。
※週刊ポスト2022年11月4日号