3期目続投も異例なら対抗勢力の「一斉粛清」も異例。そして最大の異変は前総書記の“強制退場”。習近平独裁体制の中国でいったい何が起きているのか。ジャーナリストの峯村健司氏がレポートする。(文中敬称略)【前後編の前編】
「胡錦濤」の検索を制限
5年に1度開かれる中国共産党の第20回党大会が10月16日に始まった。期間中、ほとんどの会議は非公開とされ、議論の中身は外部には漏れ伝わってこなかった。
カメラの立ち入りが許されたのは、最終日22日に開かれた閉幕式の途中からだった。会場の北京の人民大会堂に入ったカメラの先は、最高指導部の政治局常務委員やその経験者らが鎮座する壇上中央に向けられた。
総書記(国家主席)の習近平(69)の左隣に座っていた前総書記・胡錦濤(79)のところに長身の男性が駆け寄ってきた。
男性は卓上にあった胡の眼鏡を取り上げると、左手を抱えて立ち上がらせようとした。これに対し、胡は手を振り払って抵抗して、その男性職員と言い争いになった。さらに職員は胡がかけようとした眼鏡まで取り上げて離席を促した。
しばらくすると、駆け寄ってきた別の男性職員に説得されて、席を離れた。胡は会場からの去り際、隣にいた習に厳しい表情で短く話しかけた。習は二度小さくうなずいたものの、終始冷淡な表情を崩さなかった。
歩みを進めた胡は、習の右隣に座っていた首相の李克強の肩を軽くたたいて、会場を後にした。
李は、胡が率いる中国共産主義青年団(共青団)の筆頭格だ。今春、首相を退任することを表明していた。二人は共青団時代から共に仕事をし、1985年には一緒に来日したこともある。壇上では、師弟の間で、どこかぎこちない雰囲気が漂っていた。
中国共産党の会議、しかも最も重要な党大会での出席者の途中退席は、極めて異例と言えた。
しかも外国メディアの前で公然と繰り広げられたのだ。中国メディアは一切報じず、中国のネットでも「胡錦濤」の名前の検索が制限された。各国メディアから「健康悪化か」「路線対立か」などの憶測が流れた。
これを打ち消すように、国営新華社通信がこの日の夜、公式ツイッターに次のように投稿した。
「胡錦濤氏は体調が優れなかったので、彼の健康のために係員が会場の隣の部屋まで付き添った。いま体調はだいぶ良くなっている」
中国内ではツイッターは使えず、しかも新華社のツイッターも英語版のみ。外国メディアの報道を意識していることがうかがえる。
このように中国の公式メディアが英語版と中国版とで異なる対応をした時には何か中国当局が隠したい、または世論誘導したい真実がある──。
これが、長年中国政治を取材、研究してきた筆者の経験則だ。実際に壇上では、どのようなやりとりがあったのか。会場内にいた中国メディア関係者と、閣僚経験者を親族に持つ党関係者の証言を集めていくと、真相が浮かび上がってきた。