【著者インタビュー】山内マリコ氏/『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』/マガジンハウス/1980円
山内マリコ著『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』から、まずはこんなとっておきの場面を紹介しよう。〈前奏のハモンドオルガンの音色が聴こえた瞬間、濡れた髪をバスタオルで拭く手が止まった〉〈“感傷”というものが、不純物をすべて取り除かれ結晶化し〉〈あるべきところにあるべき音がきた、とてもきれいなメロディ〉──。
当時、立教女学院中学校2年生だった主人公・荒井由実が、立川基地で買ったプロコル・ハルム『青い影』とバッハの共通点に気づき、〈そっか、コードなんだ!〉と構造を見出す重要な場面。つまり今年デビュー50周年を迎えたユーミンこと松任谷由実氏の中で、〈だったら、わたしにも作れるんじゃない?〉と〈回路〉が拓かれた、歴史的な瞬間である。
第一章〈八王子の由実ちゃん〉から最終章〈ハロー、キャラメル・ママ〉まで、主にユーミンがユーミンとなる前夜を描いた全10章は、〈立教女学院とパイプオルガン〉〈マギーと立川基地〉等々、章題が1つ欠けても成立しない。それほど奇蹟的な巡り合わせの上に、伝説は生まれるものらしい。
あのユーミンを荒井由実時代限定で小説に書く──。そんな50周年企画が持ち込まれた時、山内氏も最初は戸惑ったという。
「え、私? まだ中堅ですけど、いいの?って(笑)。でも書き方は一切お任せしますというお話でしたし、たぶん本書でいう八王子の由実ちゃんの都心への憧れや距離感も、私が今までに書いてきた地方の何者かになりたい女の子とそんなに変わらないなと輪郭が掴めた瞬間、『確かにこれは私の仕事だ』と思えたんです」
自身のユーミンに関する原体験は小学3年生の時。
「初めてお友達と観に行ったのが『魔女の宅急便』で、特に印象的だったのがユーミンの歌う主題歌『やさしさに包まれたなら』でした。私は自分でポップスを聴き始める入口にユーミンがいましたが、たぶん上の世代の音楽好きほど、彼女の音楽に度肝を抜かれた鮮烈な体験があると思います」