悪いものを出し、スッキリさせるはずの場所で命を落とす可能性がある。とりわけ11月から3月にかけて、その数が急増する──。
「元気だった義母が突然亡くなりました。早朝にトイレで倒れて、そのままだったそうです。86才とはいえ、血圧が高めだった以外は持病もなく健康そのもの。毎朝の体操を欠かさず、畑いじりが日課だったのに……。11月上旬、急に気温が下がった日の朝のことでした」
主婦の上田陽子さん(55才・仮名)は、悲しげな表情を浮かべてそう話す。
本来なら安心して安らげるはずのわが家。しかし、冬の寒さとちょっとした体調の変化によって、命を脅かす危険地帯に変わることがある。
なぜ、元気だった上田さんの義母は急にトイレで命を落としたのか。高齢者の健康と生活環境について長年研究を重ねてきた大阪大学人間科学研究科特任研究員の小川まどかさんが解説する。
「急激な温度の変化で生じる血圧の変動で心臓に負担がかかって起こる『ヒートショック』が原因だと考えられます。
血管は暖かい場所では拡張し、寒い場所では収縮するという特徴がある。つまり温度差が大きければそれだけ血圧が乱高下し、心臓に大きな負担がかかります。その結果、めまいや失神、さらには脳出血や脳梗塞、心筋梗塞を発症することがあるのです。特に冬場は自宅内でも暖かい場所と寒い場所の温度差が大きく、注意が必要です」
厚労省の調査によれば、11月から3月にかけては急性心筋梗塞による死亡者数が急増する(グラフ)。寒暖差は、私たちが想像する以上に血管に大きな負担をかけるのだ。東邦大学名誉教授で医師の東丸貴信さんが言う。
「そもそも、寒気は高血圧における大きなリスク要因の1つです。人間は寒さを感じると交感神経が優位になり、神経を高ぶらせるホルモンである『アドレナリン』や『ノルアドレナリン』が血液中に分泌される。すると心臓からの送血量が増えて血管が収縮し、血圧が高くなります。また、体液量を調節し、血圧を上下させる働きのあるホルモン『レニン・アンギオテンシン系』も活性化し、血管の収縮や血液中の水分の増加、交感神経のさらなる興奮で血圧の上昇を招きます」
前日から気温が5℃以上変化する日、とりわけ暖かい気候が続いて急に寒くなったときは要注意だ。
「暖かい日が続き、安定していた血圧が寒気によって一気に下がると、体がその変化についていけず、血管には桁違いの負担がかかる。循環器系の医師の間では『急に寒くなると患者数が増える』が定説です」(東丸さん)
東丸さんは50才を超えた女性は特に気をつける必要があると指摘する。
「閉経後、還暦を迎えたくらいの年代の女性は、女性ホルモンの一種で、血管を柔らかく保つ効能のある『エストロゲン』の分泌量が減少して、動脈硬化が進みやすくなります。そうした体の変化に加え、子供の独立や親の介護などライフステージが変わることによって、自律神経が乱れる人も多くいる。自律神経の乱れも高血圧につながります」(東丸さん)
小川さんも年を重ねることでヒートショックのリスクが高まると話す。
「温度差による血圧の乱高下そのものは年齢に関係なく起きますが、加齢とともに血圧が高くなり、動脈硬化が進むため、温度変化に対する血圧の調整がうまくいかずヒートショックを起こしやすくなる。同時に温度の変化を感じる皮膚感覚が鈍くなります。本人が寒さを自覚しなくても無意識のうちに血圧が急激に上がっているケースも少なくありません」(小川さん)
※女性セブン2022年12月1日号