【書評】中国パンダ外交史/家永真幸・著/講談社選書メチエ/1760円
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター所長)
『anan(アンアン)』という雑誌がある。1970年に創刊された。今もつづいている。その誌名は、パンダの名前に由来する。
こう書くと、いぶかしがられようか。東京の上野動物園にパンダがやってきたのは1972年である。日中国交正常化のシンボルとして、中国からとどけられた。日本にパンダブームがおこったのは、その後である。『anan』が発刊されだした時に、まだその熱気はない。しかも、おくられたパンダはカンカンとランランだった。アンアンではない、と。
アンアンは、当時のモスクワ動物園にいたパンダである。これに『anan』はあやかった。そのころ、モスクワのアンアンはロンドン動物園のチチと、交配がためされている。二頭の子が生まれるかどうかも、国際的な話題となっていた。まあ、誌名にチチでなくアンアンをえらんだのは、響きの良さを買ったせいだろう。
モスクワのパンダは、中ソ対立が激化する前に贈呈されていた。ロンドンのそれは、共産中国を英国がはやくからみとめたことへの返礼にほかならない。
世界で最初にパンダブームがおこったのはシカゴである。探検家のルース・ハークネスが、1936年にアメリカへつれかえった。これがブルックフィールド動物園で飼育されることとなり、人気をよんでいる。ぬいぐるみをはじめとする関連グッズも、たくさん製造された。日本でのブームに、36年もさきがけて。
もっとも、そのころは中国の人びとも、パンダの魅力に気づいていなかった。奥地の珍獣としてしか、あつかっていない。だが、欧米での評判を知り、やがては外交面でも利用するようになる。中国人じたいの象徴としても、位置づけだした。
この本は、パンダの処遇が中国外交史とともに推移する様子を、とらえている。政治のみならず、野生動物保護の国際的な潮流とかかわる側面も、あらわした。現代の世界史が、意外な角度から見えてくる。
※週刊ポスト2022年12月2日号