【書評】『嫌いなら呼ぶなよ』/綿矢りさ・著/河出書房新社/1540円
【評者】嵐山光三郎(作家)
不倫している全国のイケメン有能社員諸君は、この小説を読んでおきましょう。ばれないと思っていると、とんでもないことになります。妻と親しい友人たちによる世にも恐ろしい「弾劾裁判」が始まる。妻と高校時代からの親友という女(ハムハムちゃん)による追及が腹がたつほどど迫力だ。
ハムハム邸の新築祝いパーティーの二階の間で「僕」が追及される。知らばっくれてもだめで不倫デート写真がつきつけられる。社内不倫・ゆきずりの恋、全部調べあげられた。これぞホントの家庭裁判所である。
ハムハムちゃん系のおせっかい妻がコロンボ刑事みたいになって意地悪く「僕」の不倫をバクロしていく。嘘をつくと反証され、とぼけると倫理感がないと罵られ、ペテン師よばわりされる。
「ねえ、聞いてるの? 聞いてないよね?」「自分の不倫のことなのに、他人事みたいに話すの? 焦点が涅槃じゃない」
妻がじっと「僕」を睨んでいる。二階に集まったほかの夫婦が「幼少期のトラウマとか、親御さんの育て方が影響している。カウンセリングを勧めても、自覚症状がない人には難かしい」という。
妻は両手で顔を覆って泣き出した。そう、不倫は心の過失致死傷罪です。地を這うように低めた声のハムハムの声。その場で離婚届に署名させられて、ハムハム家の外へ出たところでドアが閉る。
『眼帯のミニーマウス』(美容整形にはまったりなちゃんが、顔じゅうに包帯を巻いて出社する)。『神田夕』(ネットで雑魚YouTuberとツッコまれる神田の「バーカ」)。『老は害で若も輩』(綿矢りさ本人が登場して「ババア死ね」と罵倒される)へたなインタビュアーに取材されるの怖いですよ。
いずれの掌編も、コロナの緊急事態宣言による事件簿ですが、十九歳で芥川賞デビューした綿矢りさが、諸肌を脱いで、「バーカ」「うるせー」「ごめんなすって」と啖呵を切った。メチャオモロイデー。
※週刊ポスト2022年12月9日号