【書評】『考えよ、問いかけよ 「出る杭人材」が日本を変える』/黒川清・著/毎日新聞出版/1650円
【評者】山内昌之(富士通フューチャースタディーズ・センター特別顧問)
著者の黒川氏は、日本の大学や研究の将来をいちばん憂えている人である。日本の学術の悲惨な末路について議論する人は多い。しかし、理屈でなく行動や具体策をわかりやすく示せる人はあまりにも少ない。日本人離れしているだけでない。東大教授にはまずいないタイプなのである。著者の主張は明快である。一回勝負で決まる偏差値による受験結果から学問や政治や経済のリーダーが出るはずもないということだ。
自校出身者を教授採用する悪しき慣習を残す限り、日本の大学ではこれからも優秀な人材は出ない。「出る杭は打たれる日本」と「出る杭を歓迎するアメリカ」との違いは明らかだ。東大を飛び出てアメリカで内科医学を修めた氏は、ひたすら自前で研究グループと診療体制を作り上げ、競争や他流試合の厳しい世界で勝負してきた。
氏は日本の科学技術研究が停滞から凋落に向かっていると断定する。自然科学を知らない文系政治家が大臣になる日本では、科学技術行政を組織的に展開するすべもない。欧米の政治家は科学技術に対する関心が驚くほど高い。また、基礎研究を軽視して、研究成果の即効性や具体性ばかりを求める国民にも責任がある。ノーベル賞発表の時だけ異様にはりきる国民とメディアには普段から予算の低さと若手研究者への世間の冷淡さについて批判の矛先を向けてほしい。
他方、学者にも責任の一端があるのだから救われない。科学技術関係の研究は、何でもその気になれば軍事研究に転化しかねないにせよ、一部文系学者の思いこみにふりまわされてきた科学研究の一方的規範について、著者からもっと感想を聞きたかった。
氏は、“東大脳”なる愚にもつかぬクイズ番組で正解を自慢する程度の学生が入る大学に未来はないと批判したいのだろう。それでも、氏の議論はどこか明るい。個人として世界で活躍できる次世代の精力的な若者たちを積極的に支援すべきだ、と。こうしたリーダーたちを先頭に立てない限り日本は確実に没落する。
※週刊ポスト2022年12月16日号