【書評】『老害の人』/内館牧子・著/講談社/1760円
【評者】香山リカ(精神科医)
『老害の人』。このタイトルがすでに読者を試している。「なんだと? またオレたちシニアをバカにする本か」とカチンと来た人は、すでにまわりから「老害」と思われているかもしれない。「この際、ちょっと自分を客観視してみるか」と興味がわいたという人は、おそらく“老害未満”だろう。
本作の主人公の福太郎は、御年85歳。長年経営した会社は娘婿にまかせたものの、週に2日は社内の専用の部屋に出勤しては、後進たちに説教じみた昔話を聞かせる。
そんな福太郎にズバリ文句が言えるのは、実の娘の明代だけ。ある日、いつもの自慢話でクライアントのきげんを損ね、仕事が白紙になったという話を夫から聴いて、明代はついにキレて父親に言う。「迷惑なの。もう邪魔しないでッ」。
もし、あなたが福太郎の立場だったらどうだろう。家族や後進から「しがみつく人を『老人』と言うの」などと苦言を呈されたら、私ならふてくされて“あてつけ失踪”でもしてしまうかもしれない。ところが、福太郎は違う。同世代の仲間たちとともに老人の活動拠点を立ち上げようと一念発起する。その名も「若鮎サロン」。目的は、「老害だといわれて悲しい目にあっている老人に生きる気力を与えること」だ。
ただ、意気込みこそはよかったが、サロンの計画は予定通りには進まない。いちばんの大敵は突如襲ってきたコロナ禍、それに加えて福太郎にひ孫ができてそっちに気を取られたり、メンバーの健康に不安が生じたり。さて、果たして「若鮎サロン」は無事オープンにこぎつけられるのか。そのあたりの顛末は、ぜひ実際に本を手に取って確認してほしい。
それにしても、自分のためではなくて「ほかの老人のために」と立ち上がった彼らがなんとイキイキしていることか。本気で誰かのために力を使えば、過去の手柄や自慢にしがみついていた自分などスッと消えていく。「何かを始めることは、こんなにも人間を力づける」という一文が、きっとあなたのココロにも突き刺さるはずだ。
※週刊ポスト2022年12月16日号