自身が権力を得るために重鎮におもねるような国会議員が多い中、どんなに批判されても、上に楯突く形になろうとも、自分たちの信念を貫いてきた政治家がいる。ウクライナ侵攻に関する発言で物議を醸してきた鈴木宗男・参議院議員(74)もその一人だ。北方領土への思い、政治の師との思い出、選挙での苦労、娘・貴子氏への期待など、時には涙を流しながらすべてを語った。【全3回の第2回。第1回から読む】
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伝説の箱乗り遊説
──最近、テレビのバラエティ番組で「ムネオ選挙」が話題になりました。
「ハイ、知ってます」
──伝説の箱乗り遊説が若者を魅了しています。
「政治家は口では『命がけです』って言うけど、ハッキリ言って、みんな言葉の遊びです。私は態度で示そうと思って、あの箱乗りは1983年から続けてます。車の窓から身を乗り出すから危ない、電柱にぶつかると心配してくれるけど、そこまで体を張っているとアピールしているんです」
──あれは、どなたか「先駆者」がいたんですか。
「いやいや、自分で考えた。初めて出馬した時、中川先生の自殺の原因は秘書の鈴木宗男だとぼろくそ言われたから、(息子で対抗馬の)中川昭一さんに同情が集まった。やっぱり私は当時から悪役なんです。でも、中川先生のご兄弟や秘書たちは私についてくれたんです」
──なぜでしょう?
「ここはガマンだと自分に言い聞かせて、一切反論しなかった。黙っている姿を見て、わかる人はわかるんです。見上げたもんだ、鈴木のほうが真実じゃないのかという声が出てきたんですよ」
──その勢いが表に出た結果、箱乗りが爆誕した。
「ウケ狙いじゃない。自分を鼓舞しているうちに、無意識で体が動いた」
──けがや事故は?
「ないです。『おだち(北海道弁で「調子に乗った」)バカ』って言われないように、絶えず腕力と腹筋を鍛えていますから。衆議院内のジムに週2~3回は行きます。そこで、5~6キロを走って、腹筋運動をやっています」
──7月の参院選、安倍晋三・元首相銃撃の翌日に盟友の麻生太郎氏が札幌で演説するというので、現地に行ったんです。北海道の自民党議員が街宣車の前にずらりと並んで、麻生氏と同じ方向を向く中、宗男さんだけが車道に立って、通過する車に手を振っていた。私、目がクギ付けになりました。
「みんなは聴衆に向かってアピールしてるけども、私は通り過ぎていく人や車に頭を下げ続けます。候補者を勝たせるためには、演説に関心がない人にもアピールする必要があるんです。なにも、全員が麻生先生のそばに立たなくていい。私は麻生先生に背中を向け、尻を向け、逆に、人を大事にする」