【書評】『語られざる占領下日本 公職追放から「保守本流」へ』/小宮京・著/NHK出版/1760円
【評者】平山周吉(雑文家)
占領下日本の実態を研究するにはアメリカへ行かねばならない。根本史料はあちらにあるのだから。まさにその通りなのだが、より事実に近い占領期を描くには、日本人の側の史料も不可欠である。『語られざる占領下日本』は、後者の史料を存分に使って、灰色の占領史を誰にでもわかりやすく描き直した。
田中角栄、三木武夫といった後の宰相たちが、占領下に政治家としていかなる行動をとり、どんな人脈を活かしたか。昭和天皇のフリーメイソン化工作を阻んだのは誰だったか。発掘される戦後史はどれも興味深いことばかりだ。
なかでも特筆したいのは、「広島カープの生みの親」谷川昇のジェットコースター的有為転変を描いた第一章である。天皇、角栄、三木に比べればほとんど知られていない存在の谷川の履歴の起伏は、占領下を象徴する。戦前は東京市の役人だった谷川は戦後すぐに山梨県知事を三ヶ月務めたあと、内務省警保局長に就任する。
警保局長とは、いまでいえば警察トップの警察庁長官にあたる。政治権力に密着し、エリート中のエリートが座るポストである。その座に谷川がなぜ就けたか。それは彼がアメリカへ行き、ハーバードの大学院に学び、GHQに知人が多かったからだった。
警保局長として谷川は公職追放の実務に関わる。昭和二十一年(一九四六)五月、組閣直前の鳩山一郎日本自由党総裁は、公職追放となり、首相に収まったのが吉田茂だったことは言うまでもない。「谷川が関わった公職追放は日本政治の光景を一変させた」。
谷川はその後、衆議院議員となるが、すぐに自分も公職追放される。GHQ内部の権力争いの巻き添えを喰らってだった。谷川局長時代に、民政局のケーディス大佐と鳥尾元子爵夫人の醜聞を警察は内偵していた。谷川のあずかり知らぬ調査が追放の原因であった。
ダークサイド占領史の快著である。著者の小宮京・青学大教授は、「戦後政治が民意を否定することから出発した」点を強調している。
※週刊ポスト2022年12月23日号