史上最多となる7261組が参戦した『M-1グランプリ2022』(テレビ朝日系)。たった一組の勝者の陰で、決勝ステージの常連やテレビの売れっ子も容赦ない評価を下される同大会は、芸人にとってリスクでもある。挑戦と欠場の間で揺れ動いたコンビの葛藤を、新刊『笑い神 M-1、その純情と狂気』を上梓したノンフィクションライター・中村計氏がレポートする。(文中敬称略)
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〈今日、締め切りです〉
2022年、夏。M-1の出場受付の最終日、カミナリのツッコミ役・石田たくみは、相方の竹内まなぶに、そうとだけLINEを送った。
「出ようとは言わなかった。今日が締め切りだけど、と。あとは、おまえが決めてくれ、って」
その日、まなぶは、ちょうど茨城県鉾田市の実家に帰省中だった。
「マネージャーに言ってたんですよ。絶対、たくみの前でM-1の話はするな、って。(話を)したら、あいつは出るって言うから。なのに言っちゃったんです。『そろそろM-1の時期ですけど……』って。そこから『どうする?』って始まって。なんだかんだ逃げてたんです。締め切りの日、実家でめちゃめちゃ酒飲んでて、すげえ楽しい気分になってて。そんなときにたくみからラインが来たもんだから、つい『出るよ』って返しちゃったんです。結局、酔っ払ってるときなんだよな」
以前も似たようなことがあった。高級焼肉店でしたたかに酔い、気分が高揚しているタイミングでたくみに「M-1、どうする?」と聞かれ、思わず「出よう」と乗っかってしまったのだ。
2011年にコンビを結成したカミナリがM-1決勝に初出場したのは、2016年のことだ。結果こそ7位だったが、たくみがまなぶの側頭部を思い切り叩いてからツッコむスタイルは強烈なインパクトを残し、翌年は、「2017ブレイクタレント」(ニホンモニター)で1位になるほどの活躍を見せた。
その年の夏、またM-1の季節が巡ってくると、2人の間で初めて迷いが生じた。まなぶは出場に後ろ向きだった。
「M-1を新人発掘のための大会とするなら、僕らはもう発掘されたわけだから。もういいだろう、と。もともと勝負のための漫才が好きじゃない。楽しくやりたいので」
一方、たくみの中では、まだ闘争心が燻っていた。
「意地ですかね。パチンコも出るまでやっちゃうタイプなので」
それでも2017年は、まなぶも割とすんなり折れた。たくみが思い出す。
「簡単でしたね。子どもが習い事に行きたくないって言っているようなものだと思っていたので」