1年を通じて多くの話題を生んだNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』。三谷幸喜氏の脚本による数々の名シーンは視聴者の高い関心を呼んだ。作家の甘糟りり子氏さんはどう見たのか――。
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真実とは必ずしも現実を通して知るものとは限らない。むしろ考え抜かれた虚構にこそ真実は宿ると信じている。『鎌倉殿の13人』の最後のシーンを見て、改めてそう思った。
鎌倉幕府第二代執権・北条義時の最後はまさかの姉・政子によるものだった。妻・のえに盛られた毒で弱っていた義時が医師に処方された特効薬を所望する。自分にはまだやることがあるから生きねばならないという義時。それは復権を狙う帝を消すこと。「この世の怒りと呪いを全て抱え、私は地獄にもっていく」という義時にこれ以上残虐なことをさせないため、政子は特効薬を目の前でこぼして捨てるのだ。
義時は必死に這いつくばってこぼれた薬を舐めようとするが、政子は着物の裾で拭き払う。北条義時の最後は諸説あって、妻・のえに毒を盛られたという説も言い伝えられているそうだが、この最後は完全にドラマの虚構だろう。しかし、この場面に凝縮された様々な感情は、紛れもない真実だと思う。
歴史小説の中で鎌倉時代はさほど人気がないとある文芸の編集者が言っていた。人間関係が入り組んでいて、あまりにも殺伐としているからなんだとか。鎌倉育ち&在住としては残念な気がしたが、よく考えてみたら日本史の勉強をサボっていた私は、鎌倉時代について大したことを知らなかった。『鎌倉殿の13人』を一年通して見てみたら、確かにその通り。
入れ替わり立ち替わり武士が出てきては殺されたり島流にされたり。裏切りにつぐ裏切り、粛清だらけの時代だった。夏になれば海水浴客で賑わう由比ヶ浜はかつてさらし首が行われていた場所で、義経と静御前の子供が沈められているというし、和田合戦の舞台でもあり、かなり血生臭い場所だ。
しかし、さらし首などという残酷な儀式は驚愕だが、幕府を会社、さらし首を組織における「クビ」と置き換えてみると、800年も昔のことがとても身近に感じる。
義時の右往左往は中間管理職の悲哀?
鎌倉幕府は源頼朝が起こしたスタートアップ企業。人手不足ゆえに義理の弟である義時が何かと駆り出される。この会社は一家総出のファミリー企業でもある。ノーと言えない&優柔不断な性格ゆえに、野心家の兄や頼りないが調子のいい父、プライドが高く人たらしの創業者に振り回されてばかり。義時は女性に対してもウブで、意中の人には冷たくあしらわれて落ち込んで、懲りずにアプローチを繰り返す。
誰からも嫌われない代わりに、取り立てて注目を集めそうにもないタイプ。最初の頃の彼の右往左往はうだつの上がらない中間管理職の悲哀そのものだった。兄は志なかばで離脱、ますます創業者に頼られてしまったかがために、やりたくもない人事刷新や解雇通達を繰り返し、それに伴い自分の地位も上がっていく。否応なしに決断力がつき、組織を守るために人を裏切るようにもなり、気がつくと役員まで出世していた。