ロシアによるウクライナ侵攻、安倍元首相銃撃といった衝撃的な事件が次々に起きた2022年。大きな歴史の分岐点に立つ私たちはいま、何を考え、どう処すべきなのか? 本誌・週刊ポストのレギュラー書評委員12名と特別寄稿者1名が選んだ1冊が、その手がかりになるはずだ──。
【書評】『情報パンデミック あなたを惑わすものの正体』/読売新聞大阪本社社会部・著/中央公論新社/1870円
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
長引くコロナ禍によって、人々は困難に直面した。家に閉じこもることを余儀なくされたこともあってか、SNSを通じたデマや陰謀論が日本でもかつてないほど広がった。いわく、コロナは一部の層の人間が利益を得るために計画した。ワクチン接種は人体に危害を及ぼし、人口削減が目的だ。ワクチンにマイクロチップが含まれていて、行動を監視される……。
信じがたい情報だが、これを「真実」だと確信し、さらに拡散させた人々も少なくない。一部、先鋭化した人たちが度を越した行動にも走った。SNSの情報を信じる人と信じない人、家族の間にさえ深刻な対立と分断をもたらした。このような現象は、世界の歴史のなかで繰り返されてきたが、SNS社会においては情報の拡散が瞬発的・爆発的で、まさに「パンデミック」の様相を呈している。
本書は読売新聞の長期連載「虚実のはざま」の取材をした記者チームによる調査報道の成果をまとめた。人々はなぜデマや陰謀論に引き寄せられたのか、じっくり耳を傾けた。コロナによって休業を強いられた居酒屋店主は「どん底」に突き落とされた心境に陥り、光明を見出したのが、陰謀論だった。
まじめに生きてきた人々が理不尽な現状に対して怒りを募らせるうちに「隠された真実」に出会ってしまい、翻弄される。本書はそういった人間心理も解明していくのだが、SNSに不慣れな中高年世代にとって、人生経験に基づく知見さえも崩壊させてしまう強い魔力がネット空間にはある。
記者らは情報の発信源にも肉薄した。あっけらかんと広告収入が目的だと明かす「まとめサイト」の運営者。ある動画の配信者は「うのみにするほうがおかしい」と言う。しかし人工知能など、テクノロジーの進化は「真実」らしく装う技術ももたらしたのだ。氾濫する情報のなかで、瞬時に正誤を判断せず、「曖昧さに耐える力」が重要だと識者は説く。立ち止まって考える、それこそが人間の「知恵」ではないだろうか。
※週刊ポスト2023年1月1・6日号