〈「認知症の老人」は「名探偵」たりうるのか?〉──。学生時代から放送作家として第一線で活躍し、『名探偵のままでいて』で、宝島社主催の第21回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞した小西マサテル氏。受賞作は、自分でも推理小説を書いてみたいという長年の夢と、父が患っていたレビー小体型認知症(DLB)に関するより正確な理解を広めたいとの思いが、理想的な形で結実した作品だったという。
「もちろん何かしらの形で発信はしたでしょうけど、認知症の名探偵というこの一見矛盾した設定を思いつかなければ、執筆には繋がらなかったでしょうね」(小西氏、以下同)
それこそ推理という論理的思考の産物と、発病以来歩行もままならない祖父、通称〈碑文谷さん〉の取り合わせの妙こそ、本作の命。元小学校校長の祖父に憧れ、自身も教師になった主人公〈楓〉が持ち込む大小様々な事件を、『夜明けの睡魔』等で知られる文芸評論家、故・瀬戸川猛資氏のワセダミステリクラブ時代の後輩でもあった祖父は、まさしく安楽椅子探偵さながらに解決してしまうのである。
DLB最大の特徴である幻視やパーキンソン症状はあるものの、依然鋭い洞察力をもつ71歳の名探偵と、東西古今のミステリを読み漁る27歳の楓。そんな彼女に恋する同僚教師〈岩田〉や、彼の後輩で変人気質な劇団員〈四季〉を助手役に、本作では1章〈緋色の脳細胞〉以降、密室や人間消失といった王道の謎を巡ってミステリ愛や薀蓄に富んだ全6章が展開していく。
「僕自身は高松出身でして、本屋さんに入り浸る毎日を過ごし、小学生当時は翻訳物も含めて何でも読んでいました。ある時、少年探偵団に入りたくて電話帳を調べたら、結構あるんですよね、探偵事務所が。『高松にも探偵おんのや』と早速電話をかけてみたら、相手の女性が大変洒落のわかる方で、『先生は今、怪盗を追って海外に出張中なんです。帰国されたらご連絡しますね』って(笑)」
やがて小西少年は高校へ進むが、ミステリ同好会はなく、別の部活をやむなく探す中、ふと耳に飛び込んできたのが大爆笑をさらう落研の舞台だった。実はこの時、聴衆を沸かせていたのが後のナンチャンこと南原清隆氏で、その背中を追うように上京した著者は、まずは漫才でデビューする。
「芸人でも十分食えていた矢先、相方が就職しちゃって。その時声をかけてくれたのがコント赤信号の渡辺正行さんで、気づけば構成作家歴30年強です。
つまり僕はこれまで一銭にもならない文章というのを書いたことがなく、99%落ちるに決まっている小説の応募原稿を書く壁は、他の方より高かったと思う。そこをあえて挑戦したのは、同じ業界の志駕晃さんが『スマホを落としただけなのに』を書かれたこと。もうひとつは3年前に逝った父のことがあったから。
父の幻視の場合、おかっぱの子や〈青い虎〉が現われたり、味噌汁の中に目玉なんかがまざまざと見えるわけです。見えるというのは在るということで、父も相当怖かったと思う。ある時、講演に連れて行き、それが幻だと父自身が理解できてからは、だいぶ楽になったようですがね。
DLBは薬が合って幻視が消えると、少し動きが悪い老人でしかなくなる場合もある。現に父は阪神の投手起用や配球をズバズバ当ててみせたり、結構な名探偵でした(笑)。それを一言で認知症と括られることへの違和感を、うまく小説化できたらいいなというのが大きかったと思います」