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【逆説の日本史】「一山」という号に隠された「平民宰相」原敬の思い

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十話「大日本帝国の確立V」、「国際連盟への道3」その13をお届けする(第1368回)。

 * * *
 日比谷焼打事件の責任を取る形で桂太郎首相は退陣し、第一次桂内閣は崩壊した。代わって明治天皇からの大命降下を受ける形で西園寺公望が第十二代内閣総理大臣となり、第一次西園寺内閣が発足した。これ以後、桂と西園寺の「政権交代」がしばらく続く。「桂園時代」の始まりだ。日露戦争の勝利から半年もたたない、一九〇六年(明治39)一月のことだった。

 西園寺内閣は政友会総裁である西園寺自身が首相を務めたとはいえ、政友会出身の閣僚は内相原敬と法相松田正久の二人だけだった。あとは官僚出身で、官僚は基本的に「山県・桂派」である。ここで原と松田の人物像を紹介しよう。松田は前にも述べたように西園寺とは「フランス留学仲間」であり、ともに『東洋自由新聞』を立ち上げ日本の新聞界に一石を投じた同志でもある。その後は故郷の佐賀から衆議院議員に当選し、第一次大隈内閣では蔵相、第四次伊藤内閣では西園寺の後を受ける形で文相を務めていた。原敬は西園寺より七歳年下だが、これもなかなかのツワモノである。

〈原敬 はら―たかし
1856―1921 明治―大正時代の政治家。
安政3年2月9日生まれ。井上馨(かおる)、陸奥宗光(むつ―むねみつ)にみとめられて外務次官、駐朝鮮公使。明治31年大阪毎日新聞社長となる。33年政友会結成に参画し、のち総裁。35年衆議院議員(当選8回)。大正7年内閣を組織、陸・海・外務の3大臣以外の閣僚に政友会党員をあてた。衆議院に議席をもつ最初の首相で、平民宰相とよばれる。大正10年11月4日東京駅頭で中岡艮一(こんいち)に刺殺された。66歳。陸奥盛岡出身。司法省法学校中退。幼名は健次郎。号は一山など。〉
(『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』講談社)

 原はなぜ「平民宰相」なのか。「衆議院に議席をも」っていたからというのは、残念ながらちょっと説明不足(簡潔を要する事典の記述だから仕方ないが)で、原は当時ほとんどの日本人が欲しがっていた爵位を求めなかったからなのである。首相を務めるほどの政治家なら、その気になれば最低でも子爵か伯爵になれる。しかし、爵位を持った人間は議員になるなら貴族院議員(西園寺もそうだった)で、衆議院に議席は持てない。原が平民だったのはそういう事情である。

 では、原はなぜ爵位を求めなかったのか。福澤諭吉のように平等思想の持ち主だったからか? じつはまったく違うという見方がある。原は、元々は薩長藩閥政府だった明治新政府の作った華族制度など一切認めなかった、というのだ。原は戊辰戦争では賊軍とされた盛岡藩の出身で、彼の家は祖父が家老を務めたほどの名門である。だが、戊辰戦争の敗北で原家は上級武士から貧困層へ一気に転落した。一方、伊藤博文も山県有朋も上級武士どころか足軽階級出身なのに、維新後は最高位の公爵だ。こうしたことに原は心の奥底では反感を持っていたのではないか、というのだ。

 その傍証となる事実がある。彼の号である「一山」だ。この「一山」という言葉がなにを示しているか? じつは、盛岡藩もメンバーであり戊辰戦争の負け組だった奥羽越列藩同盟に対し、勝ち誇った薩長を主体とした官軍が「ほざいた」侮蔑の言葉、「白河以北、一山百文」を意味する。意味はおわかりだろう。昔から、都から見て「白河の関」以北が陸奥つまり現在の東北地方であった。そこは「一山百文」つまり蕎麦なら数杯分の価値しかない価値の無い土地だということである。

 なんらかの形で戊辰戦争にかかわった東北人のインテリなら、誰でも知っていた言葉と言っても過言では無いだろう。前にも述べたと思うが、東北地方宮城県の県紙『河北新報』は、紙名をこの言葉から取った。もちろんこの言葉を肯定したわけではない。「蔑視に敢然と挑戦する姿勢を掲げている」(『河北新報に見る百年』河北新報社刊)のだ。原も戊辰戦争に参戦はしていないが、それが原因で家が没落した。

 当然この言葉を知っていた。それどころか原は戊辰戦争から約五十年後の一九一七年(大正6)、故郷盛岡の報恩寺で営まれた「戊辰戦争殉難者五十年祭」で、冒頭「戊辰戦役は政見の異同のみ」つまり「官軍と賊軍の戦いでは無い」という祭文を読み上げている。この一山という号にどんな思いが込められていたか明白だろう。

 ちなみに見逃されがちだが、この「一山百文」という言葉には、東北地方はロクな米が穫れないという当時の常識が反映されていることも忘れてはならない。昭和前期、東北地方は米どころでは無かった。それどころか、少しでも冷害があればたちまち凶作に悩まされる不味い米の産地にすぎなかった。それが二・二六事件の遠因になったことは、前にも指摘したとおりだ。

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