2006年に坂東眞理子著『女性の品格』がベストセラーとなって以降、「品」という言葉が見直され、言葉遣いや振る舞いの美しさ、奥ゆかしさに重きが置かれるようになった。そもそも“品”とは何か。現代礼法研究所代表・岩下宣子さんは言う。
「品性は顔に出るものです。顔には30種類以上の筋肉がありますが、自分で動かせるのは目・口・舌のみ。それ以外は感情によって無意識に動くため、心の内は顔に表れます。特に40才を過ぎたら心の有り様が刻み込まれ、自分で築き上げた顔になっていきます」(岩下さん・以下同)
不機嫌な顔をし続けていれば、それがしわになって顔に刻まれ、品性のない顔になってしまう、というわけだ。
「礼儀作法を知っておくと品性が磨かれるというのも一理あります。たとえばお葬式のときにマナーを知っていれば、“この場でどうしたらいいのだろう”と焦らずにいられ、その分、周囲を思いやる余裕が持てるからです」
礼儀作法を守り、丁寧な言葉や所作で相手に接することは思いやりであり、そういう心を持つことで品性は身につくという。
礼儀作法を重んじ、代々家を守り続けてきた名家・「辰馬家」に、その上品な暮らしぶりを見せていただいた。そこには、品とは何か、学ぶヒントがつまっていた──。
辰馬家とは 「灘五郷」を代表する蔵元
“酒どころ灘五郷”(兵庫県西宮市)で1862(文久2)年、初代・辰馬悦蔵が辰馬本家酒造「白鹿」から北辰馬家として分家し「白鷹」の名で創業。伊勢神宮御料酒献上蔵で、現在は5代目にあたる。江戸時代に発見されて以来変わらぬ名水“宮水”と、契約農家が栽培する酒米・山田錦を使い、生もと造りで生粋の灘酒を醸造する。灘の酒文化を発信する「白鷹禄水苑」(住所:兵庫県西宮市鞍掛町5-1)や「辰馬考古資料館」(住所:兵庫県西宮市松下町2-28)も設立。
代々受け継いだ日用品を丁寧に使い、大切にし続ける
兵庫県神戸市・西宮市沿岸は“灘五郷(なだごごう)”といわれ、江戸時代から酒造が盛んだった。その一角、西宮市鞍掛町には、白壁に甍が美しく映える「白鷹禄水苑(はくたかろくすいえん)」が建つ。ここは、灘の酒文化を発信する文化施設で、同苑の総合プロデューサーが、第4代当主・辰馬寛男さんの長女で、「白鷹」の副社長、辰馬朱滿子さんである。
「『白鷹禄水苑』は、22年前に父が、灘酒の伝統文化を残したいという思いで建てました。もともと酒蔵と地続きの蔵元の住居があった場所で、昭和初期までの蔵元の暮らしぶりがわかるよう、部屋の一部を復元しています。実際の建物は、1945(昭和20)年の第二次世界大戦の大空襲で焼失してしまったので……」(辰馬朱滿子さん・以下同)
苑内には、酒造文化がわかる品々のほか、着物やお膳、化粧道具などの日用品が展示されており、その保存状態は、新品かと見間違うほどに美しい。実際、一部は朱滿子さんの代でも使っていたというから、どれだけ大切に扱われてきたかがわかる。
先祖や地位への感謝に気持ちは“当たり前”として抱いている
「展示している日用品に華美なものはありませんが、大切に使い、土蔵に保存してきたおかげで、戦争や震災も免れました。『白鷹』の酒は時間と手間をかけて大切に醸しますから、その思いが日常にも受け継がれているのかと思います。物に対しても人に対しても、真摯な気持ちで向き合う、という考え方は、誰に教わることもなく受け継いできたように思います」
物への感謝は、それを残してくれた先祖への感謝につながり、家と暮らしを支えてくれた地域への感謝につながっているという。
「若い頃は常々、家を継ぐなんて大変だね、と言われていました。ただ私は、紆余曲折を経ながらも、いまの立場に至り、先祖のおかげで、こういう場が与えられた。ありがたいと思う気持ちしかありません。物や伝統、自然を敬う気持ちは特別なことではなく、私には普通のこと。そして自分たちの行いで地域に貢献できたらいいなと思うのは、先祖代々から当たり前のことなんです。ですから、品性のある生活をしている、などと言われると、“どないしょ”と思います。意識しているわけではないので(笑い)」
人や物を敬い、地域に貢献する姿勢こそ、名家に生きる者が自然と身につけた品格なのではないだろうか。
取材・文/三谷俊行 撮影/辻村耕司
※女性セブン2023年2月16日号