がん患者の10人に1人が転移性脳腫瘍を発症し、50%は肺がんからの転移だ。その肺がんの転移性脳腫瘍の約15%がEGFR遺伝子変異で、それに対する分子標的薬が開発され、効果をあげている。近年、転移性脳腫瘍にピンポイントで放射線を照射する定位放射線治療と分子標的薬の併用で治療成績が向上中だ。生存期間が延び、中には完治する症例もあるという──。
転移性脳腫瘍とは体内のがんが脳に転移したもので、約半数は肺がんからだ。肺がんの約半分が非喫煙者でも発症する肺腺がんで、その半分にEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異がある。EGFR遺伝子は、がん細胞の表面にも多数存在するたんぱく質で、細胞増殖のスイッチの役割を担う。怖いのはEGFRを構成する遺伝子の一部のチロシンキナーゼ部位に変異が起きると常にスイッチがオンとなり、がん細胞は限りなく増殖する。
東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学の中川恵一特任教授に話を聞いた。
「EGFR遺伝子変異に対しては分子標的薬(EGFRチロシンキナーゼ阻害剤)が非常に有効です。かつてEGFR変異陽性肺がんが原発の転移性脳腫瘍患者の生存期間は数か月から半年でした。しかし、分子標的薬の登場で大幅に延長されています」
EGFR変異陽性肺がんからの脳転移では小さな腫瘍が多数発生するケースが多いため、以前は放射線を脳全体に照射する全脳照射が行なわれていた。ただ、この治療は脳委縮を起こしたり、認知機能が低下するリスクもあったのだが、生存期間が長くなかったので、それらの懸念はさほど問題にならなかった。ところが、分子標的薬の登場により、生存期間が大幅に延びた結果、認知機能低下などが心配され始めた。
その結果を受け、放射線治療は全脳照射から定位放射線治療(リニアックとガンマナイフ)が行なわれるようになった。リニアックとは電子をマイクロ波で加速し、高エネルギーX線をピンポイントで照射する治療だ。現在、肺がんや前立腺がん、頭頚部がんなどの治療で使用されている。