【書評】『新興国は世界を変えるか 29ヵ国の経済・民主化・軍事行動』/恒川惠市・著/中公新書/946円
【評者】山内昌之(富士通フューチャースタディーズ・センター特別顧問)
1980年代から着実に経済成長を遂げた国や地域は、「新興工業国」や「新興市場国」と呼ばれた。著者が略して「新興国」と呼ぶ国々は、はじめのうち韓国・台湾・ラテンアメリカ諸国などを指したが、1990年代以降、中国・インド・ロシアも加わった。これらのなかには、軍事力の増強だけでなく、それに基づく軍事行動を活発化する国も現れた。
著者が注目するのは、日本やアメリカのように「自由主義的国際主義」の原則と対極的な「国家主義的自国主義」が新興国の中から現れ、日本のような立ち位置を揺るがす中国やロシアの力万能的な考えが一世を風靡していることだ。
著者は、日本が中国・ロシアのすぐ近くにあり、世界でいちばん困難な位置にある国だという。日本は、領土返還をあきらめてロシアに接近し、尖閣への主権を放棄して中国に近づいても、両国が決して「国家主義的自国主義」を自制する保証がない。結果は、日本がただ従属国になるという恐ろしいシナリオしか見えてこない。
日本が「新興国」に多い「国家主義的自国主義」に屈すれば、その影響ははかりがたい。まず日本の民主主義体制は危機に瀕するだけでなく、第二次大戦後長く自由と民主主義になじんできた日本社会を大混乱に陥らせる。結局のところ、日本は「自由主義的国際秩序」を守り続ける以外に選択肢はないことになる。日米同盟はもとより、欧州・オーストラリアとの連携強化が必要となる。
一見すると、その仲間になりそうなインドは「国家主義的自国主義」にかたより、ロシアのウクライナ侵攻にも批判的な態度を明示しない。インドなどの新興国は、経済成長などの短期的な経済利益にこだわりがちだ。その経済的な期待に応える努力を試みる以外に、「自由主義的国際主義」が広がる道はない。
こうした著者の処方箋は、まさにロシアと中国が安定した秩序に挑戦する現状の分析に求められている視点である。絶好のタイミングで最良の本が出たものだ。
※週刊ポスト2023年3月3日号