WBC侍ジャパンの宮崎合宿全日程が終了。その熱狂と話題の中心にいたダルビッシュ有(36)が、後輩選手を技術面でも精神面でもサポートし、「侍の牽引役」となった姿は多くの野球ファンの印象に残った。かつての“自由奔放なエース”はいかにして変貌を遂げたのか。現地取材したノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】
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北海道日本ハムに在籍していたダルビッシュ有をインタビューした14年前、にわかに信じられなかったのは変化球に対する希有な身体感覚とオタクと呼べるほどの変化球に対する探究心・研究心だった。
「最近は“キレのあるボール”と“キレのないボール”を投げ分けています。ホームベースに近い位置で曲がる変化球がキレのあるボールだと思っています。だいたい三振を狙う時はまずキレのないボールを投げておく。すると打者はそのボールの軌道と、自分のスイングを照らし合わせて、どうしたらバットの芯に当たるかを考え始めますよね。だからこそ次に僕は同じようなフォームから、同じ変化球を打者寄りで曲げる。すると空振りする確率が高いですし、当たっても凡打にしかならないんです」
あまりに異次元の投球理論だった。しかし、近年はトラックマンなどのデータ解析機器が開発され、ダルの身体感覚が、数値として明らかになり、より探究心も刺激されていることだろう。
アメリカ西海岸のサンディエゴに近い陽気に包まれたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)侍ジャパンの宮崎合宿2日目。ダルは初めてブルペンに入り、栗山英樹監督や若手投手陣、野茂英雄氏や松坂大輔氏といった大物が見守る中、トラックマンのデータを一球ごとにタブレットで確認しながら丁寧に白球を投げ込んだ。
「回転軸の角度、自分が思い描いていたとおりの変化が出せているか。あとは同じような腕の振りで投げるフォーシームとツーシームの球速差を気にしました。自分の場合ツーシームのほうが速い時もあるんですが、球速差がなければないほど、打者は見極められない」
自身の求める投球を具体的に言語化できることも大きな才能だ。だからこそ、若手の相談にも的確なアドバイスを送れるのだろう。
「宇田川会」「湯浅にグミ」 若手への“助け船”
その日の練習終わりには、宮崎名物の肉巻きおにぎりを食べていて、ほんの少しだけ代表取材の現場に遅れた。そんなダルに対し、2009年の侍ジャパンで一緒だった川崎宗則氏がツッコミを入れた。
「今日は時間がなく、プロテインを飲まなかったので、タンパク質の量が足らず、肉巻きおにぎりで補食していました」
休養日にはチームにうまく馴染めていないことを吐露していた宇田川優希(オリックス)をスワンボートの乗船に誘い、夜に予定していた投手会を「宇田川会」と命名して激励した。昨年7月に育成契約から支配下となり、オリックスの日本一に貢献するだけでなく、侍にも選出された24歳は、オリックスのキャンプイン時から体重超過を指摘されてきた。そんな宇田川はダルから「アメリカには太っている選手はいっぱいいるよ」という“助け船”によって気持ちをらくにしたという。
「減量、減量というけど、体を見てもそれほど太っていないし、体重を減らすことよりも動けるということが大事。(ここまでの経緯は)ひとりの人間が背負うにはあまりに大きすぎる」