【書評】『諦念後 男の老後の大問題』/小田嶋隆・著/亜紀書房/1760円
【評者】関川夏央(作家)
タイトル『諦念後』は「定年後」の言い換え。「老人」の仲間入りをしたのに「諦念」には程遠い男のジタバタぶりを報告する。「ジジイだって、歳を取るのは初めての経験なのだ。許してあげてほしい」と本のコシマキにある。
著者・小田嶋隆は、一九八〇年代初めに大学を出て大手食品会社に就職したが一年で辞めた。その後、小学校の事務員補助、ラジオ番組AD、ロックバンドの作詞家、コンピュータのテクニカル・ライターなどで暮らしを立て、八八年、三十二歳で最初の本『我が心はICにあらず』(樋口一葉「我が心は石にあらず」のもじり)を書いた。その頃深刻なアルコール依存症であった彼が、後年その実情を告白した本は『上を向いてアルコール』である。
読者は、自分が斬られたことに気づかず笑っている、そんな明るくて鋭い世相コラムの名人が還暦を過ぎて、自分自身に「進行中の老化を実際の取材と生身の身体感覚」をルポルタージュのように書こうとした。
老人のなりたては「ヒマをもてあます」のが怖い。まず習い事から始めた。そば打ち、ギター、ジム通い、鎌倉彫、盆栽、さらに「断捨離」、大学時間講師を試みた。もとより長続きさせるつもりはなかったが、いろいろジタバタしてみた結果、こんな結論を得た。「男がトシを取るということは、自分が積み上げてきた凡庸さと和解することだ」
ものを捨てることに強い抵抗感がある昭和生まれとしては断捨離など不可能、他人から見ればゴミの山を貸倉庫に放り込んで「先送り」するという昭和育ち的解決しか見つけられなかった。
彼自身の肉体も耐用年限に近づいていたようで、連載中に脳梗塞を発症して入院、二ヵ月休載した。最晩年には東京各地を舞台とした連作短編小説集『東京四次元紀行』を書いたが、二〇二二年六月二十四日、小田嶋隆はまだ老人になりきっていない六十五歳で亡くなった。彼の最後の本『諦念後』は没後半年で刊行された。
※週刊ポスト2023年3月10・17日号