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【逆説の日本史】藩閥内閣成立に手を貸した「政友会の裏切り」の真相

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十一話「大日本帝国の確立VI」、「国際連盟への道4 その2」をお届けする(第1372回)。

 * * *
 政治というのは「妥協の産物」でもある。自分の理想を100パーセント実現するのが困難な場合は、相手と妥協しても理想が少しでも実現できるように政治家は努力すべきであって、この点は外交交渉も同じだ。この時点で西園寺公望が山本権兵衛を首相に推薦し、山本内閣を成立させたうえで自分が総裁を務める政友会から複数の党員が山本内閣に入閣するのを許したのも、根底にそういう考えがあったからだと私は考える。

 その状況を不満として政友会を脱党した尾崎行雄、激怒した国民党の犬養毅も、その怒りは当然だ。政友会も国民党も「藩閥打倒」をスローガンに国民の支持を集めたのだから、彼らから見れば西園寺の動きは「裏切り」としか見えなかったのだろう。結局、政党内閣では無い藩閥の山本内閣を成立させ、その内閣に多数政友党員が入閣したのに総裁西園寺はなんのペナルティも与えなかった。

「総裁、彼らを除名すべきではないか! 除名しないなら、われわれのほうが党を脱する」というのが尾崎ら脱党組の思いであったろう。結局、尾崎ら二十数名の脱党組は政友倶楽部という新しい政党を結成する。じつは、桂太郎も総理在職中に国民党に対して政治工作を行ない党を分裂させて「桂新党」を作ろうとしていたが、果たせず辞任した。皮肉なことに、桂の死後二か月たって新党は成立した。立憲同志会といい、加藤高明が総裁に就任した。加藤も今後日本を動かすキーマンの一人となるので、紹介しておこう。

〈加藤高明 かとう―たかあき 1860―1926
明治―大正時代の外交官、政治家。
安政7年1月3日生まれ。岩崎弥太郎の娘婿。三菱本社勤務から官界をへて政界に転じ、明治33年第4次伊藤内閣外相となる。大正4年第2次大隈(おおくま)内閣外相として、中国に対華二十一ヵ条要求を受諾させた。5年憲政会総裁。13年護憲三派内閣を組織し、普通選挙法・治安維持法を制定。翌年単独内閣を組織。大正15年1月28日死去。67歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。東京大学卒。旧姓は服部。〉
(『日本人名大辞典』講談社刊)

 話を戻そう。西園寺にとっての政治家としての理想は、政党政治の確立であったはずである。にもかかわらず、大正政変での動きはまるで逆行しているように見える。いったいどういうことか? もちろん、前回紹介した「大正天皇の御命令」という「厄介なもの」もあったのだが、最終的に西園寺が尾崎行雄や犬養毅では無く山本権兵衛を首相にすべきだと考えたのは、長年の政治家としての経験からこの時期は山本に任せる以外に無いと考えたからではないだろうか。

 これまで、たとえば孫文の辛亥革命についてはその発端から成就まで述べてきた。あるいは大逆事件についても乃木大将の殉死についても、そういう形で紹介してきた。しかし、実際に歴史上の出来事というものはすべて同時並行で起こる。当時の人間の気持ちになるならば、この「同時並行」を理解していなければならない。前にもそうした形の「年表」は示したことはあるが、今度はまったく別の角度から「年表」を示そう。別の角度とは狭く言えば日中関係であり、広く言えば国際情勢である。それは別掲の表のようなものだ。

歴史上の出来事は「同時並行」で起こる

歴史上の出来事は「同時並行」で起こる

 このように並べてみれば一目瞭然で、大正政変で桂内閣が崩壊したころ、日本は今後の日中関係をどうすべきか、具体的に言えば袁世凱の仕切る中華民国を正式に承認するか否かという大問題を抱えていたのである。日中問題は結局、それが満洲問題となって大日本帝国を滅亡に導くことになる。もちろん西園寺はそこまでの危惧は抱いていなかっただろうが、この時期に国を任せられるのは相当な政治力があり一国を背負う力量のある人間でなければならない。

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