ライフ

柳広司氏が『南風に乗る』を語る 「沖縄から見た日米関係史をやっと書けるのが我々の世代」

柳広司氏が新作について語る

柳広司氏が新作について語る

 それこそアメリカ本国でも戦後日本でもなく、昨年本土復帰50年を数えた沖縄の中にこそ、真に民主主義的取り組みや闘いがあった皮肉すぎる事実を、読者は柳広司著『南風に乗る』を通じて知ることになろう。

 軸となる人物は主に2人。1人目は明治40年に現在の豊見城市に生まれ、返還前の沖縄で立法院議員や那覇市長を務めた後の衆議院議員、瀬長亀次郎。今1人は明治36年に那覇で生まれ、県立一中を退学後上京した〈ビンボウ詩人〉、通称・貘さんこと山之口貘である。

 なるほど年齢が近く、〈隣の第二中学校(現那覇高校)に面白い下級生がいる〉と噂も耳にしただろう彼らを、柳氏は片や沖縄、片や本土から沖縄を思う視座として、「双方向的」に配置する。

 現に貘さんにはフランス語訳もされた「ねずみ」という詩があり、〈生死の生をほっぽり出して/ねずみが一匹浮彫みたいに/往来のまんなかにもりあがっていた/まもなくねずみはひらたくなった/いろんな/車輪が/すべって来ては/あいろんみたいにねずみをのした〉と、沖縄のことを直接語らない詩の中にも、思いは滲みうるものらしい。

 手に汗握る歴史活劇から本格推理まで、娯楽小説の可能性を幅広く探る柳氏にとって、沖縄を書くことは20年越しの宿願だった。

「私がデビューした頃は、プロの物書きは沖縄も広島も視野にあって当然という雰囲気がまだありました。広島は比較的早い段階で取り組むことができたのですが(2003年『新世界』)、沖縄は企画がどうにも通らず。そんな時に観たのが、佐古忠彦監督の『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』(2017年・TBSテレビ)でした。この映画には凄く勇気づけられました。

 一方、2019年には辺野古で住民投票が行なわれ、7割以上の反対にもかかわらず、完全に無視された。驚きました。自分が住んでいたのはこんな言葉の通じない世界だったのかと。推理作家協会で有志を募り、政府に中止と説明を求める声明文を出したほどです」

 しかしその声明も社会的にはほぼ無視されてしまう。

「住民投票という法的にも正当な手続きを軽視することは、推理小説の前提となる論理の死をも意味すると、私も頑張ったんですけどね。でも、ここで諦めても仕方がない、小説家は小説を書くしかないと考え直しました。亀次郎の言う不屈の精神というやつです」

 物語はサンフランシスコ講和条約発効により日本が主権を回復した1952年4月、銀座のバーから始まる。貘さんは自分の詩のファンだという隣客〈ミチコ〉をよそに、未だ占領下にある沖縄の第1回立法院議員選挙の結果に目を走らせていた。トップ当選は瀬長亀次郎。隣の中学の後輩だ。都内の知人宅に親子3人で身を寄せる貘さんは故郷に帰る家も金もなく、沖縄を〈人身御供〉とした日本の独立は本当に独立と言えるのかと静かに思った。

関連キーワード

関連記事

トピックス

“令和の小泉劇場”が始まった
小泉進次郎農相、父・純一郎氏の郵政民営化を彷彿とさせる手腕 農水族や農協という抵抗勢力と対立しながら国民にアピール、石破内閣のコメ無策を批判していた野党を蚊帳の外に
週刊ポスト
6月2日、新たに殺人と殺人未遂容疑がかけられた八田與一容疑者(28)
《別府ひき逃げ》重要指名手配犯・八田與一容疑者の親族が“沈黙の10秒間”の後に語ったこと…死亡した大学生の親は「私たちの戦いは終わりません」とコメント
NEWSポストセブン
伊勢ヶ濱部屋に転籍した元白鵬・宮城野親方
【元横綱・白鵬が退職後に目指す世界戦略】「ドラフト会議がない新弟子スカウト」で築いたパイプを活かす構想か 大の里、伯桜鵬、尊富士も出場経験ある「白鵬杯」の行方は
NEWSポストセブン
「最後のインタビュー」に応じた西内まりや(時事通信)
【独占インタビュー】西内まりや(31)が語った“電撃引退の理由”と“事務所退所の真相”「この仕事をしてきてよかったと、最後に思えました」
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問される佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
《ブラジルへ公式訪問》佳子さま、ギリシャ訪問でもお召しになったコーラルピンクのスーツで出発 “お気に入り”はすっきり見せるフェミニンな一着
NEWSポストセブン
「日本人ポップスターとの子供がいる」との報道もあったイーロン・マスク氏(時事通信フォト)
イーロン・マスク氏に「日本人ポップスターとの子供がいる」報道も相手が公表しない理由 “口止め料”として「巨額の養育費が支払われている」との情報も
週刊ポスト
中居の女性トラブルで窮地に追いやられているフジテレビ(右・時事通信フォト)
《会社の暗部が暴露される…》フジテレビが恐れる処分された編成幹部B氏の“暴走” 「法廷での言葉」にも懸念
NEWSポストセブン
渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
《渡邊渚さん独占手記》性暴力問題について思いの丈を綴る「被害者は永遠に救われることのない地獄を彷徨い続ける」
週刊ポスト
 6月3日に亡くなった「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄さん(時事通信フォト)
【追悼・長嶋茂雄さん】交際40日で婚約の“超スピード婚”も「ミスターらしい」 多くの国民が支持した「日本人が憧れる家族像」としての長嶋家 
女性セブン
母・佳代さんと小室圭さん
《眞子さん出産》“一卵性母子”と呼ばれた小室圭さんの母・佳代さんが「初孫を抱く日」 知人は「ふたりは一定の距離を保って接している」
NEWSポストセブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者と職業不詳・奥本美穂容疑者(32)が逮捕された(左・Instagramより)
《レーサム創業者が“薬物付け性パーティー”で逮捕》沈黙を破った奥本美穂容疑者が〈今世終了港区BBA〉〈留置所最高〉自虐ネタでインフルエンサー化
NEWSポストセブン
小さい頃から長嶋茂雄さんの大ファンだったという平松政次氏
《追悼・長嶋茂雄さん》巨人キラーと呼ばれた平松政次氏「僕を本当のプロにしてくれたのは、ミスターの容赦ない一発でした」
週刊ポスト