万全でなくても仙台育英相手に完投
入学から無双状態が続いていた前田に異変が垣間見えたのは昨秋の近畿大会、そして明治神宮大会だ。突如としてコントロールを乱し、四球を連発するシーンが相次いだ。前田に「乱調」という言葉ほど不釣り合いなものはない。
その理由は年明けに判明する。大阪大会の決勝・履正社戦で力投し、7対0と完封勝利した前田は、その試合途中に、右脇腹を痛めたというのだ。決勝までは力を入れるところは入れ、抜くところは抜くようにギアを上げ下げしながら勝ち上がってきたが、最大のライバルとの大一番ではフルスロットルで9回を投げ抜き、それが思わぬ代償を招いた模様だ。
大阪桐蔭の4年連続14回目のセンバツ出場が決まった日、前田にそのケガの詳細を訊ねた。
「試合の後半に、右の肋骨を痛めました。それからは投げない期間も作って身体を治すことに専念して、試合(近畿大会、明治神宮大会)が近づいたら徐々に投げ始めるという状況でした。ほんと、去年の秋はごまかしながら投げていました」
肋骨の痛みがありながら、なんとか間に合わせた投球で近畿大会優勝、そして明治神宮大会連覇を果たすのだから、やはり前田とは非凡な投手だ。明治神宮大会の準決勝において、序盤に制球の定まらない前田から先制点を奪うも、完投を許して4対5で惜敗した仙台育英の須江航監督に、前田が手負いの状況だったことを伝えると、「その身体で161球(完投)かよ……」と苦笑していた。
それにしても、前田はこのケガについて試合後の取材などでいっさい公言しなかった。その理由こそ、大阪桐蔭のエース番号を背負う者の矜恃だ。
「弱いところは見せたくないです。ケガをしてしまう選手でも良い選手はいっぱいいますが、できることならケガはしない方が絶対に良い。そこは言わない方が良いかな、と」
右脇腹のケガも癒え、センバツまでの冬の期間は、直球の質を磨くと共に、左打者の内角を突くことを意図的に取り組んできた。
「右バッターのインコースはもう投げられる。内外に、いろんな球種も投げられる。左バッターは右バッターに比べれば苦手で、これまでは外中心の攻めだった。内へのチェンジアップだったり、直球だったり、そこをしっかり投げ込めたらバリエーションが増えていくと思います」
自他共に認めるウイニングショットは、チェンジアップだ。昨秋のドラフトで、横浜DeNAより1位指名を受けた前田の先輩である松尾汐恩(しおん)は、「ストレートの軌道で、突然、止まる」と表現した。また、左打者対策のカギを握るツーシームは一昨年のドラフトで北海道日本ハムより7位指名を受けた松浦慶斗の直伝だ。さらに直球の球威が増せば、怖いものなしだろう。
「150キロ以上投げることが目標。だけど、150キロを投げられたとしても、平均球速が140キロ台の前半では意味がない。平均球速も上げていきたい」
既に世代ナンバーワンの称号は前田の手にある。それ以上の栄誉を手にする戦いがいよいよ始まる。
◆取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)