厚生労働省が2018年に公表した「平成28年生活のしづらさなどに関する調査」によると、医師から「発達障害」と診断された人は約48万人いると推計され、診断を受けていない人も含めると、800万人以上いるという試算もある。『発達障害の人が見ている世界』(アスコム)の著者で精神科医の岩瀬利郎さんはこう話す。
「脳の機能の特性にはさまざまあり、注意欠如・多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD)などが挙げられます。これらを総称して“発達障害(神経発達症)”といいます。
発達障害の人は、人の気持ちを想像する眼窩前頭皮質、感情表現を担う大脳辺縁系、行動を司る前頭葉、共感や自己意識に関係する島皮質の働きが弱い傾向にあります」
これらはコミュニケーションに関わる部分であり、本人と周囲の人の理解や適切な対応も必要となってくる。当然そういったプロセスのなかには、苦悩も伴ってくる。発達障害の1つ、アスペルガー症候群(現在のASD)の夫と暮らした、シニア産業カウンセラーの真行結子さんに、その苦悩と解決策を振り返ってもらった。
返事はすべて「そうですね」
真面目で穏やかな性格の夫(当時34才)と29才のときに結婚した真行結子さん。2人の子供にも恵まれ、順風満帆な結婚生活が送れるかのように思えた。しかし──。
「夫は“いい人”で、交際しているときは、私の話を“そうですか”とよく聞いてくれました。包容力のある人だなと思い、交際1年で結婚を決めました。でも、その包容力が無関心に近いと気づくのに、そう時間はかかりませんでした」(真行さん・以下同)
真行さんの夫は、家族に興味がなかったという。旅行、子供の進路、住宅の購入など、提案や相談は常に妻からで、
「こうしたいけど、どう?」
と聞けば、
「そうですか」「いいですね」と答えるのみ。夫からの提案はなかった。返事に困ったときは黙り込んでしまうので、まるでテニスの壁打ちをしているようだったという。
「夫は真面目に働き、給料を家に入れてくれ、私の言うことを肯定してくれる。けんかをしたこともありません。はたから見たら理想の夫ですよね。でも裏を返せば、家族に対して無関心。恋人同士の頃は、私がひたすら話していても問題なかった。でも、夫婦となると、話し合って理解し合い、寄り添いたいもの。ところが夫とは、普通の会話すらできません。それが寂しくて仕方ありませんでした」
こんなこともあった。真行さんが高熱を出し、「苦しい」と訴えても、看病することも心配することもなく、やはり「そうですか」と言って、別室に行ってしまった。
「まるで、穏やかなロボットのようで、夫婦なのに心の交流が感じられませんでした。周囲に相談しても、“なんでも言うことを聞いてくれるなんて、いい旦那さんじゃない。あなたはぜいたくなのよ”と言われ、私の努力不足なのかと、自責の念にかられるようになりました」