人間は様々な感染症とともに生きていかなければならない。だからこそ、ウイルスや菌についてもっと知っておきたい──。白鴎大学教授の岡田晴恵氏による週刊ポスト連載『感染るんです』より、デング熱についてお届けする。
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「断骨熱」という別名を持つほど激烈な症状のデング熱は、蚊がヒトを吸血することによって媒介する感染症です。
血液中にデングウイルスをもった感染者を吸血して運び屋となる蚊は主としてネッタイシマカで、デングウイルスと共にその起源はおそらくアフリカとされます。このアフリカの風土病だったデング熱とネッタイシマカが奴隷船で大西洋を渡り、西インド諸島や米国に運ばれたことが、広く世界へ拡散するきっかけと言われます。
現在では東南アジア、中南米、アフリカなどの熱帯、亜熱帯の広い地域で流行し、実に25億人もの人々がデング熱流行地に住み、世界人口の約半分が感染のリスクを持っているとされます。年間患者数は1億人、その内で25万人がデング熱から重症化したデング出血熱を発症しています。
最初に記録されたデング熱の流行は、1779年~1780年に北アメリカを席巻したときで、フィラデルフィアのベンジャミン・ラッシュ医師は「熱に伴う痛みは強烈である。頭、背中、手足。頭痛はときに後頭部、ときに眼球部を襲った。どの階層の人も、この病気を断骨熱と呼んでいる」と記述しています。感染しても無症状や軽症の人も多いのですが、高熱に骨が砕かれるかとも思われる程の強い関節痛や筋肉痛は「骨折熱」との呼び名すらあったのです。
19世紀には主にカリブ諸島から中米地域で、20世紀に入ると熱帯・亜熱帯地域に広範囲に拡がって土着していきます。
日本では、1942年~1945年に全国で約20万人の患者が発生、東南アジアからの輸送船に感染した船員がいたことでウイルスが侵入、日本に生息するヒトスジシマカが媒介して流行を起こしました。戦争中、南方に出征している日本兵の中でもデング熱が蔓延していたので、終戦後には帰還兵によってウイルスがもたらされ、流行が起こりました。その後、デング熱の国内での感染例は途絶えていましたが、2014年夏に約70年ぶりに国内感染した150人以上が見つかり、起点が東京中心部の公園だったこともあり大きく報道されました。