甲子園では春のセンバツ高校野球の熱戦が繰り広げられているが、球児たちの「名前」を見ていて、年々“難読”な名前が増えていると感じる人は少なくないだろう。甲子園を目指す球児のなかでも、一際、個性的な名前を持つ親子に、ノンフィクションライターの柳川悠二氏が話を聞いた。【前後編の前編。後編を読む】
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2019年の初夏の頃、カル・リプケン12歳以下世界少年野球大会に臨む日本代表のトライアウトに足を運ぶと、参加者リストにあったヤングリーグ「全播磨硬式野球団」の選手の名前に目が止まった。
捕手・關口赤彗星――。
1979年から放映されたアニメ『機動戦士ガンダム』を愛するファンなら、主人公であるアムロ・レイの仇敵で、“赤い彗星”の異名を持つ「シャア」の名が浮かぶかもしれない。実際、名前の横に記されていた読み仮名も「せきぐち・しゃあ」だ。しかし、ガンダムに馴染みのない人にはとても連想できる読みではなく、いわゆるキラキラネームと受け止められてしかたないだろう。
このトライアウトには12歳以下の有望選手が全国から集まってきていた(合格者の中には、今春のセンバツに出場している大阪桐蔭で3番を打つ新2年生・徳丸快晴などがいた)。赤彗星くんは残念ながら日本代表の一員とはなれなかったが、近い将来、この少年が甲子園にやってくるようなことがあれば話題になるだろうと、その後も筆者は密かに少年の動向を追っていた。彼は現在、実家のある兵庫県を離れ、徳島の古豪・池田高校の新2年生で、県内では注目の捕手に成長している。
同時に、彼の父親にも興味が沸いた。子供にアニメキャラの名を与えた真意だ。きっと熱烈なガンダムファンなのだろう。しかし、アニメキャラの名を与えられた子供が背負う少なからぬ苦労を顧みず、父親のエゴを子供に押しつけることには疑問符を抱きたくなる。そこで私は、2023年が明けてすぐ、赤彗星くんの父親を訪ねた。ちょうど「王子様」という名前を改名した赤池肇さんが大きな話題となっていた時期でもあった。
赤彗星くんの父である關口唯(ゆい)さんは、1978年生まれの44歳だ。結婚後、二女二男を授かり、この日、長女が成人式を迎えたという。
「長女は『光宇宙』と書いて、『ララァ』と読みます。18歳の次女は、『風光雲』で『フラウ』、そして16歳の長男が『シャア』です。みんなガンダムの登場キャラクターから名付けました。趣味の競馬などでも、自分は血統などを没頭して調べたくなってしまうたちなんです。ファーストガンダム世代は自分より数世代上になりますが、再放送を見ていてむちゃくちゃ好きになった。ちょうど関連書などを読みあさっていた時期に子供たちが生まれ、名前の由来としました。長男の8年後に生まれた次男にも青い巨星の異名を持つランバ・ラルから、『青巨星』と書いて『ランバ』と名付けましたが、残念ながら生後3か月で亡くなってしまいました」
命名にあたり妻をはじめとする親族からの反対や反発はなかったのだろうか。
「弟一家も、三国志に出てくる趙雲子龍からとった『子龍』という名を息子につけていて、名前に関しては寛容な家族ではあるんです。自分の『唯』という名前も、子供時代は浅香唯さんの活躍から女性みたいだとバカにされていた。だけど、男としては珍しい名前だったし、決して嫌じゃなかったんですよね。自分の子供たちにも“唯”一無二の名前を付けたかった」