メジャーリーグで大谷翔平(28才)が連日の活躍を見せ、WBC優勝から続く日本での“野球熱”はいまだ冷めやらぬ。その大谷の二刀流の育ての親で、14年ぶりに侍ジャパンを世界一に導いた栗山英樹監督(61才)も、今回の名采配で各方面から絶賛の声を浴びている。
約3年半前に出版していた著書『栗山ノート』は、3月末に3万2000部の増刷が決定。全国の書店では、同書が品切れ状態となり、1人1冊までに購入制限する店が出るほどまでの盛況となっている。
また、3月30日には、自宅のある北海道栗山町に凱旋。多くの町民が集まった町役場には、自ら軽トラックを運転して、ジャージ姿で登場。侍ジャパンの野球帽を被った少年たちを前に「みんなの夢を叶えようと思うと、時間がかかっても叶うものは必ず叶う。そんな姿を選手が見せてくれたのかなと思います」とスピーチして、大きな拍手をもらった。
国民的な名誉と地位を得ても、普段は北海道の片田舎での一人暮らし。そんな清貧な生活を送っているところも、さらに多くの支持を得ているといっていい。
ただ、1980年代のヤクルトでの現役時代を知る同世代や当時からの女性ファンたちは、このフィーバーとはまた違った、より深い思いで応援していたという。都内在住で、東京ドームでのWBC韓国戦を観戦したという、ある70才の女性野球ファンは「今の大谷君も、かっこいいスーパースターで、しかも無邪気な笑顔もかわいらしくて、女の子にモテモテなのは納得です。でも、栗山監督も若いころはイケメンでアイドルみたいな人気だったんですよ。東京学芸大卒という頭の良さもあって、私は大好きでした」と、懐かしそうに話した。
たしかに、当時は球界屈指のイケメン選手だった。現役時代はわずか7年で、目を見張る実績は残せなかったが、引退後にすぐに地上波テレビの解説者に転身できたのは、そのルックスや人気に寄るところもあったのだろう。夜の六本木や銀座で名を馳せたこともあり、元TBSの福島弓子アナウンサーやテニスの伊達公子ら有名な女性たちと浮名を流したこともあった。
あるスポーツ紙のベテラン野球記者は「モテていたのに、いつしか女性との噂が全く無くなりましたよね。やはり40才のころに、東京から遠く離れた栗山町に約5000坪の土地を購入して、質素な田舎暮らしを始めたころからでしょうか。“もう女性はいい”というスタンスになったそうです。今では少年たちのために野球を教えたりと、野球界の未来を考えるジェントルマンという印象です」と振り返る。
解説者になってからも、勉学を続けた栗山監督は、2009年に亡くなった埼玉銀行元専務・井原隆一氏の哲学などにも傾倒。2012年には日本ハムの監督に就任して、独身のまま、指導者の道を極めるに至った。
昔ながらの体育会系の指導とは一線を画して、基本的には選手を責めたりはしない。「勝たせてあげられなかった俺が悪い」、「選手を生かせない自分が一番ダメ」との自虐が口癖の、“寄り添い型”のスタイルを貫き続けてきた。
「大谷選手のMLB移籍などで戦力がダウンして、10年もの監督生活でも最後の3年間は連続5位と低迷。そのころは、一部からは『指導方法が甘い』とも言われましたが、今回で、そんな声も全てを見返しました」(前出・スポーツ紙記者)