植物学者の牧野富太郎の生涯を描く朝ドラ『らんまん』が4月3日にスタート。独学で植物知識を身につけた博士の業績に注目が集まっている。牧野の人生を描いた小説『ボタニカ』の作者・朝井まかてさんが、牧野について綴った。
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『ボタニカ』(祥伝社)という小説で、牧野富太郎の人生を書きました。植物好き、自然好きというと鷹揚で素朴な人柄をイメージしがちですが、富さんの場合は子供の頃の「好き」を貫いた無我夢中の人生です。そこがたまらない魅力であり、書き甲斐でもありました。
彼を語る時に必ず出るプロフィールが「小学校中退にもかかわらず帝大で教鞭を執り、やがて植物学の博士になった」こと。それは大逆転のサクセスストーリーで、実際、胸がすくのです。ただ、学歴はなくとも、旧幕時代の流れを汲む学問の履歴は地層のようにあって、膨大な知識と素養、知的好奇心に裏打ちされていました。職人肌といおうか、芸術家に近いものも感じます。
ことほどさように学者の枠に収まらない人ですから、大学内での栄達になど目もくれずに研究に邁進するので、周囲からすれば遠慮のないやつ、空気の読めないやつ、忖度できないやつ、となる。幼い頃は皆、そういう自我のかたまりで、でも年齢を経て世間を渡るようになると折り合いをつけるすべを身につけていくものです。それが大人になるということ。
でも富さんは植物学にかけては決して我を折らない。ゆえにしばしば帝大への出入りを禁じられ、大借金生活に突入するも「なんとかなるろう!」でした。
憎めない人なのです。身勝手なのにチャーミングで人懐っこくて、人を見る目も水平でした。相手が植物好きであれば、大文豪・森鴎外であろうと中学生であろうと同じように丁寧に接する。絶妙のユーモアも生涯失うことがなく、随筆でも植物知識を解説するにとどまらず、おどけて脱線したりボヤいてみたり。ある雑誌の座談会で志賀直哉が「あの人の文章は面白いですね」と評していますが、まさに面白い味の文章です。
富さんは多彩な角度から草木を語ります。
《あなた方も花を眺めるだけ、匂いをかぐだけにとどまらず、好晴の日郊外に出ていろいろな植物を採集し、美しい花の中にかくされた複雑な神秘の姿を研究していただきたいと思います。そこには幾多の歓喜と、珍しい発見とがあって、あなた方の若い日の生活に数々の美しい夢を贈物とすることでありましょう。》
富さんの最大の功績は学問の世界の外にある、と私は思います。アカデミズムの中に閉じこもるのではなく、一般の人々と野山を巡って植物の案内人を務め、代弁者、翻訳者でもあった。植物の名前とその振る舞い、採集の方法も教えて、いわば「知ることの歓び」の種蒔きをしました。
《朝な夕なに草木を友にすればさびしいひまがない》
この春は私たちも遠出をしてみましょうか。花の真盛りの中に。
【プロフィール】
朝井まかて/小説家。1959年、大阪府出身。2014年に『恋歌』(講談社)で直木賞受賞。2021年には『類』(集英社)で芸術選奨文部科学大臣賞と柴田錬三郎賞を受賞。
撮影/Norihisa HARADA
※女性セブン2023年4月20日号