一般的に「怒り」は慎むものと思われがちだが、時には怒りがエネルギーとなり、新しい何かを生み出すこともある。91才で現役の映画監督・プロデューサーとして活躍する山田火砂子さんも、「私は常に怒りが原動力ですよ」と笑顔で語る。東京生まれの山田さんは戦中派で、13才で東京大空襲を経験した。
「右も左も前も後ろも火が上がってものすごい爆風に吹き飛ばされそうになりながら必死に逃げて、みんな焼けてしまった。その日からずっと、怒りが続いているんじゃないでしょうか。
当時は貧富の差も激しく、ピアノを持っているようなお金持ちがいる一方で、火葬場の近くに住み着いてお布施をもらってやっと生きている物乞いもいる。『なんで平等にならないんだ』と怒りが湧き起こりました。
女性差別もひどくて、お金持ちの家であっても、フロックコートを着てステッキを持って胸を張って歩く男性の後ろに子供を背負って両手一杯の荷物を持った奥さんがついて行く。少しでも遅れると『早く来い!』って亭主が偉そうに言う。なんで荷物持ってあげないのよ!って子供心に腹が立って仕方がなかった」(山田さん・以下同)
消えない怒りの炎を胸に、中国残留孤児をテーマにした『望郷の鐘──満蒙開拓団の落日』(2015年)や日本の女性医師第1号を描いた『一粒の麦 荻野吟子の生涯』(2019年)など、戦争や男女差別を扱う映画を作り続けた。骨太の彼女は常盤貴子(50才)や寺島しのぶ(50才)ら、多くの女優から慕われている。
もう1つの原点は、知的障害を持つ長女の誕生だという。
「娘を育てているときにダウン症の子にひどい言葉を投げかける人がいて頭にきた。宗教の勧誘もあるし、『これをすれば治ります』なんて言われる。これは障害のあるお子さんを持つお母さんはみんな経験していると思います。世の中に対するどうしようもない憤りがあり、福祉をテーマにした映画を作って世の中の意識を変えようと、40才で映画の世界に入ったんです」
当事者の視点から多くの福祉映画を製作した彼女の功績もあり、日本の福祉行政は少しずつ進歩した。91才で挑む次回作は、出産と育児がテーマだという。
「いま、子供を産め産めって騒いでるでしょ? だけど3万円とか5000円とかそんな“テラ銭”で産む人なんていないです。大学に行けば数百万はかかるから、勉強したくても諦める子もいる。だから幼稚園から大学まで給食費なんか取るな、学生に奨学金という借金をしょわせるな、軍備のお金を少し回せ、鉄砲の弾なんかいらないって映画を通して言ってやりたいの」
※女性セブン2023年4月20日号