【書評】『肉とすっぽん』/平松洋子・著/文春文庫
【評者】嵐山光三郎(作家)
「人間はなぜ肉を食べるのか」という「野蛮な肉欲」を考えた平松さんは、【1】北海道の羊男、【2】島根で害獣猪を追い、【3】奥秩父の鹿狩り、【4】東京門前仲町の鳩、【5】加賀で江戸伝来の鴨(坂網猟)、【6】北海道・襟裳岬へ短角牛を食べに行く。さらには熊本の馬肉、静岡のすっぽん、千葉・和田浦で鯨を追う。
平松さんは、八百屋で買ったわけぎを、丸ごと活花にしてしまった無頼師範である。放っておくとなにをしでかすかわからぬ確信犯で『オール讀物』に連載していたときから、羊たちの恩恵を受けとる男たち(羊男)を追ってきた。
どの章も内臓礼賛で胸を突かれるが、第七章「内臓」が強烈。内臓料理の扉を開けて、東京芝浦のと畜解体現場へ入った。黒毛和牛一頭七百五十キロのうち、可食内臓六十七キロをすばやく各部位に分ける。カシラ(ツラミ)、タン(舌)、赤物とよばれるレバー、ハツ(心臓)。ハラミ(横隔膜)、サガリ(背側の横隔膜)がフックに吊り下げられ、運ばれてくる。
作業員の男性が大きなナイフを手にして、すーっと一閃。開いた胃を大量の水で洗浄しながら、第二胃、第三胃(センマイ)、第四胃(ギアラ)を洗浄機で二度洗いする。新鮮な内臓は匂いもなく、ぱあんと光ってぷりぷりの存在感をはなって、威厳さえ感じられる。さあ、まかせたぞ。内臓が無言のうちに人間の力量を問うてくる。ミノとハチノスを洗浄機にかけ、ナイフで上ミノ、ミノサンドに切り分け、最後に手で洗う。
ベテラン女性のナイフ使いを刻明に書いている。内臓のタンパク質はアミノ酸を多くふくむ。その足で焼肉店へ行く。内臓の焼肉は弱火でじわじわ焼かず一気につめて焼く。がんっと網に乗せて、取り合いになって貪るように食う。おすすめは、アキレス腱のポン酢風味、テールのコンソメスープ、ミノと青海苔の蒸し焼き、焙りハチノス、ギアラ串焼き。
文庫本解説は毎年、北極探検に行く角幡唯介「肉食の背後にあるもの」で、「肉食は人間にとって聖なる行為」と説く。
※週刊ポスト2023年4月21日号