【書評】『ぼっち死の館』/齋藤なずな・著/小学館
【評者】香山リカ(精神科医)
ホラーかと思わせるタイトルのマンガだが、そうではない。ひとり暮らしの多い公団住宅での老いと死を、リアルに時にユーモラスに描いた力作である。
団地生活者を見つめるのは、自分たちもその団地に住む漫画家自身とその友人たち。口が達者な彼女たちはユニークな住民たちに「満鉄お嬢」「パープル星人」などとあだ名をつけてウワサ話をしたり消息を確かめ合ったりしている。
彼らはいわゆる孤独死という形で世を去るのだが、それぞれに人生行路があり家庭の事情がある。あまりに重すぎるエピソードもあるが、湿っぽくなりすぎないように描かれているのと団地まわりの風景描写がすばらしいのとでどんどんページをめくりたくなる。
個人的にいちばんグッときたのは作家らしき男性の話。妻に先立たれた彼は住民との交流もなく、先の女性陣からは「DJJ(団塊ジーンズジジイ)」と呼ばれている。作家としても持ち込み原稿を編集者にダメ出しをされ、ますます周囲に心を閉ざすばかり。そんなDJJにときどき聴こえる妻の声が、あるとき言う。
「私ね一番心配してることあるの。あなたが家の中で倒れたりしたら誰も気づかないなんてことになりそうで…。」
それからちょっとしたきっかけで、DJJは団地住民への“上から目線”をやめて「あ、どーも」などと声をかけるようになるのだ。人間、何歳になっても変わることができる、というかすかな希望の光が差し込んで来る気がする。
「ここいらでみんなただのジジババやってるけどサ…働きざかりなんて頃もあったり、少女だとか娘さんだとか呼ばれてた時もあって…」
漫画家自身がつぶやく言葉に、すべてが現れている。トシを取って老いても衰えてもひとりぼっちになっても、それが人生のすべてではない。老害だなんて後ろ指さされる必要なんてないのだ。胸を張って年を重ね、一生懸命に生きてきたこれまでの人生を寿ごうじゃないの。読後にはそんな勇気もわいてくる力作だ。
※週刊ポスト2023年4月21日号