ライフ

【甘糟幸子さん・りり子さん 母娘対談】“まずは挑戦”の姿勢がおいしい料理の発見につながる

甘粕さん母娘

甘糟幸子さんと娘の甘糟りり子さん

 3月下旬──女性セブン記者は芽吹いたばかりの草木に彩られた春の鎌倉を訪れた。急坂を上り詰めると、そこには、昭和初期に建てられたという日本家屋が。出迎えてくれたのは、作家の甘糟幸子さんと、その娘で同じく作家のりり子さん。50年以上の月日をここで暮らし、季節の野草や地場産の食材を使った料理を探求しているおふたりに、食べること、生きること、そして受け継いだ想いについてうかがいました。【前後編の前編】

 記者が通されたのは、木をふんだんに使った落ち着いた雰囲気のダイニング。大きな窓からは緑豊かな庭が望め、梅雨の季節にはアジサイが一面を彩るという。台所とダイニングは引き戸のついた窓を通してつながっており、そこを開ければ、作り手の料理風景が、まるで額縁のように切り取られて見える。食事をする人、料理をする人が顔を合わせて会話できるうれしい造りだ。ここに友人を招いて、野草料理をごちそうするのだという。

 * * *
甘糟幸子さん(以下、幸子):今朝はね、つくしを摘んだんですよ。

〈そう言って、皿いっぱいのつくしを見せてくれた幸子さんは、御年88才。5年前にすい臓がんを患ったというが、そうは見えない。娘のりり子さんとともにエプロンを着け、台所に立ってつくしの節についているハカマを取り始めた〉

幸子:つくしはね、ごま油でさっと炒めて、おしょうゆをタラっと垂らすのが好きです。卵とじもよくいたしますけどね。野草を採るなら、つくしはいいですよ。間違いづらいから。

甘糟りり子さん(以下、りり子):そうね、野草も葉の類いは間違えるとおいしくないものも危ないものもあるから。それにしても、つくし、減ったわよね。

幸子:そうね。つくしもヨメナ(野菊の一種)も昔はいっぱいあったけれど、いまはそれほど見かけなくなったわね。

 鎌倉に越してきたのは、りりちゃんが3才のときだったけれど、当時は1か月くらい、青果店で野菜を買わないで済ませられるくらい野草がありました。うちの門を入って左手にトトキ(ツリガネニンジン)があるんだけど、春はこれの葉がおいしいの。信州地方では《山でうまいはオケラにトトキ、嫁にやれない味のよさ》という歌があるくらい。

「今年最初のつくしよ」と幸子さん自ら摘んできてくれた

「今年最初のつくしよ」と幸子さん自ら摘んできてくれた

りり子:トトキは秋に咲く花もきれいよね。昨日摘んできたフキノトウは、とうが立ってしまって……。

幸子:そうね、でも茎もおいしいわよ。ささっと炒めてね。フキといえば、いちばんおいしいのはツワブキ。茎がみずみずしくて口当たりがよくて大好き。

りり子:この前行ったお店で、フキノトウオイルが出てきたんです。作り方を聞いたら、フキノトウをフードプロセッサーにかけて米油に漬け、10日ほど経ったら濾すだけ。お料理に使うとフキノトウの風味が出ておいしい。鎌倉のフキノトウはとうが立ってしまったから、初めて新潟から取り寄せて作ってみました。

〈手を動かしながら、素材をいかにおいしく料理するか、2人の探求は尽きない。“まずは挑戦してみる”という姿勢がおいしい料理の“発見”につながっているのだろう。幸子さんは作家としてだけではなく、野草料理のエッセイの執筆でも知られているが、料理を始めたのは結婚して2年がたってからと遅かったという〉

幸子:母なんて私に、「あなたは向かないからお料理なんてやめなさい」と言っていたくらいですから、お料理はしてこなかったんですよ。

 でも、主人がおいしいものを食べさせてくれたから、これと同じものを作ってみようという気持ちになって、それで少しずつ作るようになりました。新婚当時は横浜に住んでいましたし、あの頃の横浜は東京よりも新しいお料理がいろいろあってね。いまでこそよく見かけるタピオカとか小籠包とか、50年くらい前に初めて食べたときは驚いたものです。

自宅の庭には自生していた野草のほか、ほしかった野草を少しずつ植えているという。春はカンゾウや明日葉、山椒なども採れる

自宅の庭には自生していた野草のほか、ほしかった野草を少しずつ植えているという。春はカンゾウや明日葉、山椒なども採れる

りり子:タピオカと小籠包は母が家でも作ってくれたのですが、私もあれはびっくりしました。その頃はあまり一般的ではなかったので。小籠包を初めて食べたときは、口の中をやけどしたわね(笑い)。

〈ちなみに、甘糟家のタピオカレシピは、レモンはちみつの中にタピオカと皮をむいたマスカットを二つ割りにしたものを入れて出すのだそう〉

幸子:1974(昭和49)年に通信社の人にすすめられて、食べられる野草についての連載を始めたのですが、そのうち編集部の人から、「甘糟さん、原稿の中に出てくる料理を食べたいって言っている人がいるよ」と言われるようになったんです。それで親しい編集者を自宅に招いて、野草料理を食べていただくようになったんです。

〈いまではりり子さんと2人で台所に立ち、お客さまに料理を作っているのだそう〉
りり子:母は外食などでおいしいものに巡り合うと、すぐに家でも作ってくれました。当時はまだ珍しかったタコスやパン、仔鹿を一頭丸ごと買って庭で解体してもらったこともありました。そういった食への探求心というか、おもしろい、楽しそうと思ったことをすぐに試してみる点は見習いたいところですね。

(後編につづく)

1986(昭和61)年に刊行された幸子さんの食エッセイ『料理発見』が復刊(1760円/アノニマ・スタジオ)。幸子さんの料理への好奇心が満載。いつもの料理に対して新たな視点が生まれるかも

1986(昭和61)年に刊行された幸子さんの食エッセイ『料理発見』が復刊(1760円/アノニマ・スタジオ)。幸子さんの料理への好奇心が満載。いつもの料理に対して新たな視点が生まれるかも

【プロフィール】
甘糟幸子さん/作家。1934年、静岡生まれ。夫は雑誌編集者の故・甘糟章さん。1960(昭和35)年、作家の故・向田邦子さんらとフリーライター事務所「ガリーナクラブ」を開く。主な著書に『野草の料理』『楽園後刻』(ともに神無書房)、『野生の食卓』(山と溪谷社)など。

甘糟りり子さん/作家。1964年、横浜生まれ。レストラン、ファッションなど、都会のきらめきをモチーフにした小説やコラムに定評がある。主な著書に『エストロゲン』(小学館文庫)、『産まなくても、産めなくても』(講談社文庫)、『鎌倉の家』(河出書房新社)、『バブル、盆に返らず』(光文社)など多数。

撮影/政川慎治

鎌倉ライフを発信している作家・甘糟りり子さんが鎌倉の逸品を紹介するフェアを開催中! りり子さんが選んだ鎌倉にまつわる食・グッズ・本を紹介。会期/~5月7日(日) 場所/東京・代官山蔦屋書店1号館1階 ブックフロア

鎌倉ライフを発信している作家・甘糟りり子さんが鎌倉の逸品を紹介するフェアを開催中! りり子さんが選んだ鎌倉にまつわる食・グッズ・本を紹介。会期/~5月7日(日) 場所/東京・代官山蔦屋書店1号館1階 ブックフロア

※女性セブン2023年4月27日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

紅白初出場のNumber_i
Number_iが紅白出場「去年は見る側だったので」記者会見で見せた笑顔 “経験者”として現場を盛り上げる
女性セブン
ストリップ界において老舗
【天満ストリップ摘発】「踊り子のことを大事にしてくれた」劇場で踊っていたストリッパーが語る評判 常連客は「大阪万博前のイジメじゃないか」
NEWSポストセブン
大村崑氏
九州場所を連日観戦の93歳・大村崑さん「溜席のSNS注目度」「女性客の多さ」に驚きを告白 盛り上がる館内の“若貴ブーム”の頃との違いを分析
NEWSポストセブン
弔問を終え、三笠宮邸をあとにされる美智子さま(2024年11月)
《上皇さまと約束の地へ》美智子さま、寝たきり危機から奇跡の再起 胸中にあるのは38年前に成し遂げられなかった「韓国訪問」へのお気持ちか
女性セブン
佐々木朗希のメジャー挑戦を球界OBはどう見るか(時事通信フォト)
《これでいいのか?》佐々木朗希のメジャー挑戦「モヤモヤが残る」「いないほうがチームにプラス」「腰掛けの見本」…球界OBたちの手厳しい本音
週刊ポスト
野外で下着や胸を露出させる動画を投稿している女性(Xより)
《おっpいを出しちゃう女子大生現る》女性インフルエンサーの相次ぐ下着などの露出投稿、意外と難しい“公然わいせつ”の落とし穴
NEWSポストセブン
田村瑠奈被告。父・修被告が洗面所で目の当たりにしたものとは
《東リベを何度も見て大泣き》田村瑠奈被告が「一番好きだったアニメキャラ」を父・田村修被告がいきなり説明、その意図は【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン
結婚を発表した高畑充希 と岡田将生
岡田将生&高畑充希の“猛烈スピード婚”の裏側 松坂桃李&戸田恵梨香を見て結婚願望が強くなった岡田「相手は仕事を理解してくれる同業者がいい」
女性セブン
電撃退団が大きな話題を呼んだ畠山氏。再びSNSで大きな話題に(時事通信社)
《大量の本人グッズをメルカリ出品疑惑》ヤクルト電撃退団の畠山和洋氏に「真相」を直撃「出てますよね、僕じゃないです」なかには中村悠平や内川聖一のサイン入りバットも…
NEWSポストセブン
注目集まる愛子さま着用のブローチ(時事通信フォト)
《愛子さま着用のブローチが完売》ミキモトのジュエリーに宿る「上皇后さまから受け継いだ伝統」
週刊ポスト
連日大盛況の九州場所。土俵周りで花を添える観客にも注目が(写真・JMPA)
九州場所「溜席の着物美人」とともに15日間皆勤の「ワンピース女性」 本人が明かす力士の浴衣地で洋服をつくる理由「同じものは一場所で二度着ることはない」
NEWSポストセブン
イギリス人女性はめげずにキャンペーンを続けている(SNSより)
《100人以上の大学生と寝た》「タダで行為できます」過激投稿のイギリス人女性(25)、今度はフィジーに入国するも強制送還へ 同国・副首相が声明を出す事態に発展
NEWSポストセブン