高校野球の世界に今なお残っているのではないかと指摘されることが多い問題が「サイン盗み」だ。捕手が投手に出すサインを二塁走者らが盗み見て伝達する行為は、日本高野連が1999年春のセンバツから禁止している。しかし、令和の高校野球にも残存しているのではないか。ノンフィクションライター・柳川悠二氏が関係者の証言を追った。【前後編の後編。前編から読む】
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サイン盗みの問題について、私が話を聞いたベテラン指導者は、走者やランナーコーチというベンチ入りメンバー以外が関与しているケースもあると証言した。その人物とは、ファウルボールやブルペンでの投球練習中に悪送球などが起きた時にボールを拾うボールボーイ(昨夏よりボールパーソンに名称変更)だ。ボールボーイは各校のベンチ外のメンバーから3人選ばれ、2人がベンチ脇、もう1人が外野に備え付けられた椅子に座って備えている。
ベテラン指導者が話す。
「まず捕手が投手にサインを出す。それを見たショートやセカンドが、今度は外野手に向かってサインを送る。よく、内野手がグラブを持っていないほうの手をお尻に回してサインを出しているシーンがありますよね? あれは外野手に球種を伝えているんです。ただ、外野からは細かい手の動きが見えなかったりするから、ストレートならグー、変化球ならパーと、より簡潔なサインで伝えるのが一般的。それをボールボーイが見て、打者に伝達するのです」
本来、試合の進行を補助するボールボーイが試合に関与するというのならば、そのサイン盗みは監督や部長、コーチらを含めたチームぐるみで行っているということだろう。
現役時代に名門校でプレーした指導者も、その証言を補足する。
「椅子に座っているボールボーイの膝が閉じていたらストレート、開いていたら変化球というように、ボールボーイからサインを伝達するとは聞いたことがあります。当然、ボールボーイは自分たちのベンチ側にしかいない(相手ベンチ側のボールボーイは相手校の選手が務める)。ベンチが三塁側で、右打者であれば、レフトにいるボールボーイの動きは目視できませんよね。その場合は、レフトにいるボールボーイの動きを、一塁のランナーコーチが確認して、打者に伝達するんです。
コーチボックスを示す白線を踏んでいたらストレート、踏んでいなかったら変化球というような具合だとか。ただ、いきなり、ボールボーイからランナーコーチ、打者へと伝達しようと思ってもできるはずがありません。普段の練習から、わざわざ時間を割いて、サイン盗みの練習を行うこともあったそうです」
ただし、そうしたサイン盗みの実態は知りつつも、この指導者は自らサイン盗みを高校生に指示することは絶対にない、と断言する。
「サイン盗みが横行しているのは事実です。ストレートをイチ、ニのサンでドッカーンと打たれたかと思えば、次の打者が変化球を完璧なタイミングでとらえたりすると、サインが盗まれているのかなと疑います。ストレートか、変化球か、事前に分かっていたら、結果は雲泥の差です。でも、打者の中には、球種を伝えられることで集中力がそがれて、かえって打てないと話す選手もいるんです。
一方で、センターが右に動くのか、左に動くのかで走者が球種を推測し、変化球だと予測できたら盗塁を試みる。こういったプレーは純粋に野球の技術ですよね。だけど、第三者が打者にサインを伝達する行為はやはり、私はアンフェアだと思います」
春夏の甲子園に出場する学校は、抽選会が終わると、対戦校の情報収集に東奔西走する。以前、私が聞いた監督は、対戦校の地元の関係者から「サイン盗みに気をつけろ。あの学校はアルプスからもサインを伝達する」という情報を得ていたと振り返った。
また別の監督は、相手校のビデオを観る中で、「走者がいない場面と走者を背負った場面でサインに変更があるか。あるいはイニング毎にサインを変えているかどうかを確認する」と話し、こう続けた。
「球場では基本的に背後からしか試合を見られませんから、相手捕手のサインを確認することは難しい。全国中継される甲子園はもちろん、最近では地方大会も多くの試合がバーチャル高校野球で試合が放送されるため、バックスクリーンからの映像で相手捕手のサインを研究できる。そういった意味では、サイン盗みは行いやすい時代とも言えます」