【書評】『ポー傑作選3 ブラックユーモア編 Xだらけの社説』/エドガー・アラン・ポー・ 著 河合祥一郎・訳/角川文庫/990円
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
『ポー傑作選』は、「1」がゴシックホラー編、「2」が怪奇ミステリー編、そしてこの「3」がブラックユーモア編となる。E.A.ポーというと、推理小説の父、SFの祖、ゴシックホラーの偉大なる継承者、海洋小説の先駆者と、いろいろな“肩書き”がつくアメリカン・ルネッサンス期の大作家だが、じつは傑出したユーモリストでもある。本書はその側面に焦点を当てたアンソロジーなのだ。
まず挙げなくてはならないのは、言語遊戯、押韻、ヴィジュアル面での仕掛けなどがことごとく見事に訳出されていることだ。言葉遊びやダジャレや掛け言葉などを満載したシェイクスピア劇の専門家であり訳者である河合氏の手練手管を、とくとごらんいただきたい。
そして、短編小説から謎かけ詩、エッセイまで、セレクションの妙。個人的には、ポー畢生のテーマの天邪鬼を扱った「悪魔に首を賭けるな」や「天邪鬼」、生まれ変わりのモチーフを使った「メッツェンガーシュタイン」や「鋸山奇譚」、ポーの創作理論が披露される「構成の原理」などが選出されているのが、うれしい。
第一編の「Xだらけの社説」を読むだけで、この作家の大いにひねくれたユーモアと風刺精神、そしてアクロバティックな文体を堪能できるだろう。
ある町の競合新聞二紙による社説合戦が展開するのだが、原文だと、片方の社説にはoの字がやたら多い。この字を訳者は「よ」及び「ヨ」で訳し通すことにした。「いよいよだ。よろしく、ジョン、よいか? よこくしたよな。窮地をよろよろと脱するまでは、よろこぶな!」と。ところが、oの字がおーすぎて印刷所の活字が不足してしまい、ぜんぶX(エックスまたはバツ)の字で代用されてしまう。すると……。いやもう、訳者の超絶技を借りていえば、この翻訳全体が「卓バツ」で「バツ群」というほかない。
で、この編に出てくる見習いはなぜか博多弁を喋る。ばってん、そこが秀バツやけんね!
※週刊ポスト2023年4月28日号