春の日差しが暖かくなってきたこの季節。公園で日向ぼっこでもしながら読書を楽しんで見るのもいいのでは? もちろん、屋内でも没頭できる、注目の新刊4冊を紹介します。
『街とその不確かな壁』
村上春樹/新潮社/2970円
17の頃の恋の記憶と、時間のない街の図書館で中年の「ぼく」が夢読みの仕事をする第一部(異世界譚)。会社を辞め福島の山間の図書館長になる第二部(一見リアリズム小説)。一瞬別の小説かと思うような接続でも幽霊やギフテッド(天才児)の登場が二つを繋ぐ。「夢と現実」「実存と(分身的)影」の入れ子細工構造。題名を換言すると“存在とその不確かな手応え”になるのかも。
『句集 一人十色』
梅沢富美男著・夏井いつき監修/ヨシモトブックス(発売ワニブックス)/1540円
題名は役者、女形、歌手等の顔を持つ著者の多面体人生を表したもの。教科書の副教材に採られた句を含む50選のほか、夏井いつき先生との対談、永世名人に上りつめるまでの歴代句や添削ビフォアアフターを収める。印象的なのは舞台で575のリズムは会得していたものの、俳句の鮮烈さが語順と“説明しない潔さ”にあることを教わる添削。俳句で人間観察力も高まるそうですよ。
『少年と犬』
馳星周/文春文庫/858円
利発な犬(多聞)が人と土地を旅する。震災後の困窮で犯罪の片棒を担ぐ仙台の和正青年、気ままな夫に苛立つ40才の富山の紗英、事故で両親と右脚を失った10代の福井の瑠衣、余命いくばくもない元猟師の島根の老人。彼らの前に突然現れる多聞は、折口信夫のいう「まれびと」(稀人。他界からやってきて歓迎される)のよう。多聞の目的地とは。犬好きは最終話で涙腺が決壊する。
『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった+かきたし』
岸田奈美/小学館文庫/693円
5月中旬からこの自伝的エッセイを原案にしたTVドラマがスタート。岸田家は車椅子の母、会社勤めに挫折して作家に転身したご本人、ダウン症の弟の3人家族。お国が決めた「標準世帯」からは大きく外れているけれど、姉弟で温泉旅行に行ったり母と海外に招待視察で行ったりと陽気な逞しさは驚くばかり。表紙絵も著者の手になるもの。その顚末を書いた「かきたし」にも笑う。
文/温水ゆかり
※女性セブン2023年5月11・18日号