【書評】『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』/郷原信郎・著/KADOKAWA/1760円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
厳正に運用されるべき法は、時に「凶器」となって「普通の市民に牙をむく」ことがある。
6年前、最年少市長だった藤井浩人美濃加茂市長は、贈収賄容疑で逮捕され、有罪判決を受けた。「融資詐欺」の常習者が、余罪捜査を逃れるため市長にカネを渡したとの虚偽の自白によるものだった。藤井市長が、裁判で無罪を主張すると、検察官は「絶対に負けないから一緒に頑張ろう」と詐欺師に懇願していたという。これは、当の詐欺師がのちに友人に出した手紙に書かれていたことだ。
「誤認逮捕、誤認起訴」に気づいても、捜査員や検察官は引き返すことを許されない。「捜査機関側の面子」がつぶれるうえ、社会的指弾を浴びるからだ。逮捕、起訴した以上は、何が何でも有罪にする。そんな「空気」に支配されてしまうという。ぞッとするしかない。
法治国家の綻びの奥に一歩踏み込み、組織を支配している「空気」の存在を、検事出身で弁護士の郷原さんは、担当した事件や事故の事例を重ねることで浮かびあがらせている。
東京電力の原発事故後、原発の運転停止で経営が悪化した九州電力は、早期再開をはかろうと住民が運転再開を求めているように見せかける「賛成投稿」を組織的に大量発信していた。この「やらせメール事件」を第三者委員会の委員長として調査にあたったのが郷原さんだった。
報告書の内容を巡って、九電経営陣と対立すると、資源エネルギー庁の今井尚哉次長が乗り出してきて、会長、社長を退陣させた。改革のためではなく、「早期幕引き」をはかり、再稼働への道筋をつけるためだった。
スキー客の大学生など多数の死傷者を出した「軽井沢バス事故」の調査委員会にしても、原因究明の「空気」に欠けていた。事故車の整備状況の検証を、第三者ではなく、そのバスを製造した会社の子会社に行わせていたのだ。毎日のようにYouTubeやブログで世にはびこる欺瞞の構造を告発する使命感の源が、本書に詰まっている。
※週刊ポスト2023年5月19日号