阪神を退団し、念願だったメジャー・リーグに渡って3か月──アスレチックスの藤浪晋太郎が、29歳にして野球人生の窮地に立たされている。開幕して4試合に先発するも大炎上を繰り返して「失格」の烙印を押され、中継ぎに配置転換されても制球が安定しない。5月15日になってやっと初勝利を上げたが、今後の成績によっては先行き安泰とはいえない状況だ。そんな藤浪を「恩師」はいま、どう見ているのか。ノンフィクションライターの柳川悠二氏がレポートする。
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大阪桐蔭高校時代の2012年には甲子園の春夏連覇を達成し、投手としての評価はU-18高校日本代表で共に戦った大谷翔平(エンゼルス)以上だった。阪神に入団した直後に、藤浪から聞いた威勢の良い言葉も、いまや虚しく聞こえる。
「僕には160キロのスピードボールはいらない。チームの得点よりも1点でも少なく抑えられればいい。勝てるピッチャーになることばかりを追求してきました。だから甲子園に対する憧れもなかったですし、春夏連覇を達成したあとも、甲子園が自分を成長させてくれた場所とは思わなかった。自分を成長させてくれたのは、あくまで大阪桐蔭の練習でした」
そして、こう続けた。
「『自分は自分』という姿勢を貫くのが自分の性格。良い情報があれば耳を傾けますけど、いらない情報には興味ありません」
米国で心機一転のはずが……
高卒1年目から3年連続で二桁勝利を記録し、順調なプロキャリアをスタートさせるも、異変が見られるようになったのは2016年頃。マウンドで突然、制球を乱し、とりわけ右打者と対した際に打者方向にボールが抜けてしまうことが多くなり、死球を連発した。
マウンド上で自制が効かなくなる様は、明らかに「イップス」(スポーツにおいて、練習では当たり前にできていたことが試合で突然できなくなったり、極度の緊張状態で身体を意のままに動かせなくなったりするような症状)に見えた。
筆者が藤浪のイップスについて取材を重ねる過程で、専門家が口を揃えたのが「イップスの治療の第一歩はまず自分がイップスであることを認めること」だった。ところが、藤浪はメディアを通じてメンタルではなくメカニカルの問題だと強調し、「イップスではない」と否定している。
2020年シーズンから復調の兆しが見え始め、いつしか球速も160キロに達していた。だが、球威だけで抑えられる世界ではない。マウンドに上がれば虎党の手厳しい野次に晒される日本での生活から、心機一転を図った米国での生活は、暗中から抜け出す特効薬として期待できたはずだ。実際、ポスティング移籍を果たしたアスレチックスでは、スプリングキャンプで好投を続けて首脳陣から大きな期待を寄せられていた。
だが、開幕すると大乱調を繰り返すかつての藤浪に戻り、指揮官からはフォーシーム(直球)の制球難を指摘されている。
もはや悩める藤浪に救いの手を差し伸べることができるのはあの名将だけではないか。今春、藤浪は渡米の前に母校を訪れていた。OBの動向を常にチェックしている西谷浩一監督を直撃した。
「いやあ、ちゃんと見ていないから分からないですけど、頑張ってやるだけ。温かい目で応援してやってください」
11年前のライバルは2021年に米国でシーズンMVPを獲得し、今季はサイ・ヤング賞の最有力候補でもある。同じ舞台に挑み、一敗地にまみれたままでは藤浪も帰国できないだろう。
※週刊ポスト2023年5月26日号