「家で安らかに、息を引き取ることができれば……」。ある日、医師で日本ヘルスリサーチラボ代表の森田洋之さんのもとにぐったりとした90代の女性を連れた家族が相談に来て、涙ながらに、悲痛な願いを口にした。
「その女性は食欲も気力もなく、いつ亡くなってもおかしくない状況に見えました。またご家族も、親の死を覚悟されていました。
しかし診察してみると、老衰に見えた症状の原因は、降圧剤ののみすぎによる低血圧でした。処方されていた3種類の降圧剤を、様子を見ながら少しずつ減らしていくと、意識がはっきりしてきて、みるみるうちに元気になったのです。彼女はいまもしっかり自分でご飯を食べて、元気に過ごしていらっしゃいます」(森田さん)
下げることばかりが注目される血圧だが、“下げすぎた先”にあるのは「寝たきり」そして「死」かもしれない──。
朝起きられない、体がだるい、慢性的な頭痛があるなど低血圧に伴う症状は数多ある。しかし、無気力や寝たきりなど死に直結するような不調を招いてしまうほど重篤になるのはなぜなのか。森川内科クリニック理事長の森川髙司さんが解説する。
「血圧とは、心臓から送り出される血液が血管の壁を押す圧力のことですが、圧力が低すぎれば全身に充分な血液が供給されなくなり、血中に含まれる酸素や栄養素が行き渡らなくなる。その結果、さまざまな不調が生じると考えられます。
WHOで定義されている低血圧は、収縮期血圧(上の血圧)が100mmHg以下、拡張期血圧(下の血圧)が60mmHg以下です。
数値上は低血圧であっても、症状がなければ基本的に問題ありませんが、めまいやふらつき、だるくて動けないなどつらい症状が出ている人は要注意。低血圧こそ、病院を受診し、医師による診察が必要なのです」
なぜならば、倦怠感など低血圧による不調によって、けがや骨折のリスク上昇を招いてしまうから。
「特に注意してほしいのは、起立性低血圧です。座っている状態や横になっている状態から起き上がるとき、本来ならば血管が収縮して即座に頭に血液を送りますが、年齢とともに反応が遅くなる。そのため、起き上がったときに一時的に脳に血液が運ばれず血圧が低下し、立ちくらみが起きます。反射神経が鈍り、足腰も弱っている高齢者はそのはずみで転倒してけがをしてしまうことも少なくありません」(森川さん)
とりわけ気をつけるべきなのは「せっかちな人」だと森川さんは続ける。
「体がリラックス状態にあり、副交感神経が優位になっていて、血圧が低い状態から起き上がろうとしたり、前述のように立ち上がろうとするときは頭に血が回りにくい。そんなときに急いた動きをすると、ふらついたり転んだりするリスクが高まります。
低血圧の自覚がある人は、ゆっくり起き上がる、ゆっくり立ち上がるということを意識してください」