【書評】『ユーチューバー』/村上龍・著/幻冬舎/1760円
【評者】香山リカ(精神科医)
村上龍の名前は知っているが小説は奇抜そうだし読んだことがない、という人もいるだろう。それでも顔もなんとなく知っているし、「何歳だと思う?」ときかれたら「70代になったのかな」と答えられるのではないか。村上龍とは文字通りの“著名人”なのだ。
4作の短い連作からなる本書の中心にいるのは、本人とおぼしき著名な作家だ。彼はコロナでほとんどひと気が消えた高級ホテルをときどき利用するようだが、同伴する女性が先に寝てしまったあと、ユーチューブで過去に実際に観戦したテニスの試合や若い頃に好きだった音楽の動画などを見て夜をすごす。
常に時代の最先端を走り続けてきた人気作家が、閑散としたホテルの部屋でひとりネット動画を探して見ているということに、読者は否応なく老いやその先に忍び寄るはずの死のにおいを感じる。
この人はずっと“著名人”として華やかに生きてきた自分の人生をどう振り返り、これからどんな晩年を迎えようとしているのか。それは語られない。しかし、読む者には気になる。連作の中で狂言回しとなる「会社を辞めてユーチューバーとなった『世界一もてない男』」も、おそらくそうなのだろう。だからこそ彼は、ホテルで出会った彼に思いきって出演を勧めたのだ。
あっさり「いいよ」と承諾した作家は、ユーチューブに出演して過去の女性遍歴をひとり語りで話す。それぞれの女性の外見からプレイまでが細かく語られるが、「なつかしい」「あの頃はよかった」と感情を吐き出すことはほとんどなく、とても含蓄のある内容とはいえない。そこからもまた老いや死がにじみ出てくる。
とはいえ、本書を「村上龍も老いたという証だ」と決めつけるのは早い。とにかく彼は、作品中の人物に自らを投影させながら、何かを懸命に語ろうとしている。「オレはこれを書いた。読んでくれ」という地の底から響くような声が聴こえる。村上龍ファンはもちろん、そうでない人もその呼びかけにこたえてほしい。
※週刊ポスト2023年6月9・16日号