昭和のプロ野球の顔として活躍した江夏豊(75)と江川卓(68)。ともに奪三振で球場を沸かせる「剛腕」として鳴らしたふたりが、今回、久しぶりに顔を合わせた。共に“グラウンド以外”でも世間を賑わせた2人。やがて話題は、日本中が大騒ぎになった事件に……。【全4回の第4回。第1回から読む】
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──おふたりが最近のプロ野球界で気になっている選手はいますか?
江夏:やっぱりロッテの佐々木(朗希)くんかな。
江川:たしかに彼は凄い。
江夏:素晴らしいストレートを投げるし、そこを伸ばしてほしい。彼の根底には高校最後の夏の地方大会決勝を投げなかったことへの心残り、仲間への申し訳ない気持ちがあるんじゃないかな。俺だったら絶対に投げた。だから、そういう思いを持っている気がするよ。いや、持っていてもらいたいかな。
──高校時代の江川卓を知っていましたか?
江夏:当然名前は知っとったよ。夏の甲子園、最後雨の中を押し出し四球で終わったのを観ていた。
江川:春の選抜は観てないですか? 春のほうが良かったんですけど(笑)。
江夏:俺が覚えているのは夏の雨の甲子園。バネの利いたダイナミックなフォームやったな。
──その後、江川さんは法政大でいくつもの記録を樹立。そして1978年のドラフト前の「空白の一日」は、日本中を賑わせました。現役当時の江夏さんにとってあの騒動をどんな思いで見てましたか?
江川:おぉ、その話題にいきますか……。
江夏:やっぱりプロ野球側の人間としては入団することを大いに歓迎していた。ただ一番寂しかったのは、プロ野球の中心である巨人を倒したいという喜びを自分は持っていたから、巨人に入ったのは内心ガッカリしたよね。阪神に入るとか、他球団に入って巨人を倒してもらいたかった。それくらい巨人は強かった。
──江夏さんは、江川さんのプロ入りに先立って南海、広島に移籍されています。
江夏:俺だって、1975年に阪神から南海に移籍する時、実は巨人に入る予定だったんだから。まあ、所詮はたらればの話よ。でも当時の騒動を思い返すと、マスコミに追っかけられる鬱陶しさ、苦しさ、面倒臭さは大変だなと。ガーッと忘れて、笑顔で野球をしてもらいたいっていうのがやっぱり経験者の願いだった。
江川:そう言ってくださり、ありがとうございます。まあ最初の頃はマスコミを煩わしく感じたりもしましたが、年々気にならなくなってきて、今はまったく平気ですから。
江夏:そりゃそうだよな。俺も現役時代は『週刊ポスト』なんて大っ嫌いだったもん(笑)。