おそらく詩人というのは単に詩作する人というより、広く詩情の在り処に通じた人のことを言うのかもしれないと、ドリアン助川氏の小説を読むと改めて思う。
「少なくとも僕は詩人になろうと思ったこともないし、その時々で吹く風に背中を押され、飛ばされるうちに、こうなっていたというだけなんですけどね」
『寂しさから290円儲ける方法』の主人公、〈麦わらさん〉のブログにはこう案内がある。
〈なにかお困りの方、お悩みを抱えていらっしゃる方は、メールをください。地球上のどこでも、気持ちが明るくなる麦わら料理をこしらえて、あなたに会いに行きます〉
相談料は290円。旅費や食材費など実費は別途必要らしいが、それでも安すぎて心配になるほどだ。そんな麦わらさんは冒頭の世田谷豪徳寺に始まって、伊豆城ヶ崎や池袋平和通り、さらに三宅島やニューヨークなど、次々に現われる相談者の悩みに応じた料理を携え、計11話の旅に出る。そして旅の間には彼がなぜこの稼業を始めたのか、謎が徐々に明かされていくのだが、290円はやはり290円でなければいけなかったのである。
19 90年代には伝説のロックバンド「叫ぶ詩人の会」や深夜ラジオの名物パーソナリティとして人気を博し、近年は河瀨直美監督、樹木希林主演で映画化もされた小説『あん』が世界各国で話題に。また2019年春からは明治学院大学国際学部教授として、戸塚の横浜キャンパスで教鞭をとる日々だ。
「大学では主にハンセン病文学や沖縄文学、在日文学やフランクル『夜と霧』のような古い名著を通じて、いかに文学の中から生きる希望を掴むかという授業をやっています。特にここ数年はコロナで孤独を持て余す学生も多く、そういった心の問題全般を扱う“希望学”をテーマにしています。
元々僕は人生相談なども浮世の義理としてやってきましたし、教員も雑務に関してはそう受け止めています。ただ最近は功利主義というのか、得する方と損をする方の選択肢が2つあったら、得する方に行くのが当たり前になっちゃっている気がするんです。僕自身がポエジーというか、得より損を選ぶことで人生を成り立たせてきたような人間なので、今回は負けたり損したりする人生の意味合いを書きたかった。それはそれで味わい深く生きてきたと、自分では思うので」