5月場所後の6月3日、両国国技館で元横綱・鶴竜の断髪式が開かれ、380人が髷にハサミを入れた。引退は2021年3月場所だったが、コロナ禍の影響で断髪式までに2年の時を要した。すでに、「鶴竜親方」という呼び方がファンの間でも定着しているものの、髷を切り落としていよいよ親方としてのキャリアを本格的にスタートさせることになるわけだ。が、その先行きには不確定要素も多い。
断髪式は引退した力士にとっての「節目」となるイベントであり、そのあり方からは様々なことが読み取れる。今年1月には元横綱・白鵬(現・宮城野親方)の断髪式が行なわれ、政財界やスポーツ界の重鎮、大物芸能人を含む280人がハサミを入れたことが注目を集めた。相撲担当記者が言う。
「白鵬の断髪式は開催前から“4億円断髪式”と注目されていました。一般的に断髪式では、髷にハサミを入れる人が包む祝儀の相場が10万円とされているが、白鵬の場合、祝儀100万円のチケットを買うとハサミが入れられ、断髪式後の襲名披露パーティにも招待されるという設定になっていた。さらには後日、白鵬と食事ができる500万円のチケットも限定販売され、通常は3万円程度の襲名披露パーティの参加費が10万円に。それでも、ニューオータニで開かれたパーティには800人が出席しました」
そうした様子からは、太いタニマチの存在など“資金力”が窺い知れる。呼び出しのひとりはこう話す。
「髷にハサミを入れる招待客の祝儀や、1万人近くが入った国技館の入場チケット代、襲名披露パーティの会費を合わせても、横綱クラスでさえ引退相撲での収入は1億円に届かないと言われる。白鵬もさすがに事前に言われていた4億円には届かなかったかもしれないが、来場客の祝儀は100万円単位のものばかりだったと言います。決して髷にハサミを入れた人数が多かったわけではありません。白鵬の280人に対し、朝青龍は380人、稀勢の里は300人がハサミを入れていましたから。ただ、白鵬の場合は“単価”が高かったということでしょう。
今回の鶴竜引退相撲では380人がハサミを入れており、人数だけなら白鵬より多いが、やはり祝儀などの単価が違う。おまけに、参加したのは鶴竜の引退を惜しむ関係者ばかり。白鵬の場合はカネが払える大物が並び、現役時代に本当に世話になったどうかは重視されている様子がなかった。そういう違いがあるから、鶴竜の引退相撲の収入は1億円に届かなかったのではないかと見られている。それでも最近の引退相撲としては大きな額です」
元力士にとってこうして祝儀を集めることが重要になるのは、引退後に「年寄株(年寄名跡)」の取得などのために資金が必要とされているからだ。とりわけ鶴竜親方の場合、その動向が注目されているという。若手親方のひとりはこう言う。
「親方として協会に残るには、105ある年寄株のいずれか襲名する必要があるが、鶴竜はまだ年寄株を取得していない。現役名のまま5年間協会に残れるという元横綱の特権を行使している状況です。現在は陸奥部屋の部屋付き親方だが、師匠の陸奥親方(元大関・霧島)は来年4月に65歳の定年を迎える。定年後は部屋を鶴竜に譲るのが既定路線だが、問題は陸奥親方が65歳以降も再雇用の仕組みを使って参与として協会に残る見込みであること。
現役四股名のままでは部屋を持てない規定があるため、鶴竜は師匠の『陸奥』と交換するための年寄株が必要となるのだが、その目途が立っていない。現在、同じ時津風一門には再雇用の親方が3人いるが、いずれも2027~2028年まで退職しないので空きは出ない。そうなると、二所ノ関一門の空き名跡である『音羽山』などを狙う必要があるが、実質的な所有者は先代・阿武松親方の元関脇・益荒雄ともされ、なかなか一門外には出ないのです。悩ましい問題でしょう。ただ、現在の年寄株の相場は1億~1億5000万円といわれているなかで、その資金は断髪式で調達できたのではないか」