【書評】『資本主義の次に来る世界』/ジェイソン・ヒッケル・著 野中香方子・訳/東洋経済新報社
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
いま急速な勢いで生態系が壊れ始めている。もちろん人間の暮らしも同じだ。そんな話から本書は始まる。著者は地球環境破壊の原因を資本主義そのものに求める。経済成長のために必要以上の消費を煽るからだが、同時に資本主義が生み出す富裕層が、けた違いのエネルギーを浪費するからでもある。
ただ、資本主義が環境を破壊するというのは、マルクスも見通していた未来だ。著者の最大の独自性は、経済成長が必要なのは、医療と教育が行きわたるレベルまでで、多くの先進国では、むしろ経済を縮小した方が幸せになれると断言するところだ。
アメリカ人が最も幸福だったのは1950年代だったと著者はいう。日本人も、1980年代のほうが今より幸せだった人が多いのではないか。そこで著者が提言するのが、先進国は必要最低限までGDPを縮小するという戦略だ。
それを実現するための5つの具体策も明記している。その第一は「計画的陳腐化」を終わらせることだ。例えばスマホは、数年も使うとスピードが急激に落ち、修理代も高額なため、多くの人がまだ使えるスマホを捨てている。新しいモデルを売るために陳腐化が仕掛けられているのだ。それはスマホ以外の家電製品でも同じだ。だから、計画的陳腐化を抑制すれば、それが環境改善に直結するのだ。
著者が提案するその他の具体策も、すべて実効性があり、実行可能なものばかりだ。ただ、これらの政策を断行するとGDPが大きく縮小することになり、雇用を失う人が大量に生まれる。ただ、その点に関しても著者は明確な答えを用意している。それは、その分、労働時間を短縮すればよいというのだ。
これまで、経済が成長しても、労働時間はほとんど減らなかった。それどころか、高齢者も女性も、生活のために働きに出ている。しかし不必要な経済活動をなくせば、自分の時間を取り戻すことができる。著者の提示するポスト資本主義社会は、明るい光があふれる希望の未来なのだ。
※週刊ポスト2023年6月23日号