梅雨に入って、室内で過ごす時間も増えているはず。そんなときこそ、読書に時間を費やしてみては? おすすめの新刊4冊を紹介します。
『彼女が言わなかったすべてのこと』桜庭一樹/河出書房新社/1870円
通り魔事件の最中に大学の同級生中川君と再会した波間。改めて浅草で待ち合わせるが、会えない。互いのLINEビデオ通話に映るスカイツリーの色が違った。コロナ禍が始まる中川君の世界、コロナのない世界で乳がんの治療に取り組む波間。感染症や病、事件や戦争など、生と死のリアルが交差する中で、発すべき言葉とそうではない言葉について波間が思考した軌跡を描く新境地。
『投身』白石一文/文藝春秋/1925円
品川でハンバーグとナポリタンを出すレストランを営む49才の旭。なぜその2種類なのか。店舗や住居の破格の賃料と交換に地元の名士二階堂さんと交わした約束とは。喪失が旭に遺した悔恨の傷跡と自罰にも似た保身の放擲。紳士の顔した二階堂さんの強烈なエゴにも言葉をなくす。なぜ人は人を消費して快楽を得ようとするの? そんな幼い問いをも無効化する白石ワールド。
『女らしさは誰のため?』ジェーン・スー×中野信子/小学館新書/1012円
題名の問いに「男に好かれるため」と答えた男性がいたそうな。笑えて絶望的。子供の頃“お嫁に行けないよ”と脅された記憶を持つ2人が、“女は得”という古典的命題から、そこに潜む男女格差、女の生き方未来形まで自在に語る。結婚、出産、自己犠牲など世間の圧と葛藤してきた2人が周囲の目に惑わされない自信が持てたのは30代後半だったとか。未来ある男女もご一読を。
『八月の銀の雪』伊与原新/新潮文庫/737円
地球の最深部、鯨の歌、渡り鳥の本能。人は、ましてやちっぽけな自分は、大いなる自然の一部でしかないのだなあという感慨が透明な読後感を連れてくる。就活に惨敗中の大学院生、電車でベビーカーに舌打ちされるシングルマザー、ベランダに来る鳩を保護した老女に手を焼く不動産会社の青年など5編。原発運転延長法が成立した今国会、「十万年の西風」が新たな警鐘を鳴らす。
文/温水ゆかり
※女性セブン2023年6月29日号