岸田文雄・首相は“影の政治指南役”の訃報にこう声を震わせた。「本当に感謝の思いでいっぱいだ」──。「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄・元参院議員会長(享年89)の死は、首相にとって政権を揺るがしかねない痛恨の出来事だった。
岸田首相には、次の総選挙に勝利すれば来年の自民党総裁選での再選を確実にできるという「長期政権」への野望がある。その再選戦略のキーマンがいずれも早大の先輩である森喜朗・元首相と青木氏だった。
昨年の内閣改造前の8月3日、森氏の仲介で青木氏と会食した岸田首相はこう助言を受けた。「焦らずじっくりでいいからやりなさい」。
以来、人事や重要事項について「総理は青木さんと森さんへの相談や報告を欠かさなかった」(岸田派議員)という。
「総理の座」を狙う
長老2人は政界引退後も出身派閥に隠然たる影響力を持ってきた。森氏は安倍晋三・元首相の死後、会長不在の最大派閥・安倍派のまとめ役であり、青木氏は茂木派の前身、経世会時代から大幹部として派を支え、引退後も同派の事実上のオーナー的存在だ。「総理は2人を抱き込むことで、安倍派と茂木派が反旗を翻さないように抑えて政権を安定させた」(同前)のだ。
来年の総裁選で岸田首相の最大のライバルになると見られているのは自民党ナンバー2の茂木敏充・幹事長だ。本来なら政権を支える立場だが、周辺に「どんな状況でも次の総裁選には出馬する」と語り、5月には米国を訪問して国務長官や大統領補佐官らと会談、外交パイプをつくるなど虎視眈眈と総裁の座を狙って動き出した。
官邸が警戒するのは、茂木氏の言動が過激になってきたことだ。茂木氏は公明党との東京での選挙協力交渉を破談にしたうえ、世論調査で自民党支持層の6割が公明党との連立を解消すべきと回答していることを会見で「そういう声があることを注視しなければならない」と語って公明党を挑発し、自公関係をさらに悪化させている。少子化対策でも官邸に相談なく中身を決めるなど政策面でもスタンドプレーが目立つ。
そんな茂木氏の言動について官邸の岸田側近は「総裁選をにらんでわざと総理の足を引っぱっている。ひそかにクーデター準備を進める獅子身中の虫だ」と神経を尖らせ、いまや総理と幹事長は「敵対関係」にあるといっていい。