いまだ続く広末涼子(42才)とミシュラン1つ星シェフ鳥羽周作氏(45才)の不倫騒動。広末の夫・キャンドル・ジュン氏(49才)が会見を行ったが、収束するどころか騒動は広がるばかり。作家・甘糟りり子さんはどう感じたのだろうか? 今回の不倫報道やジュン氏が行った会見内容に疑問を投げかける。
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広末涼子と鳥羽周作シェフの「交換日記形式のラブレター」が週刊文春に掲載されると、あっという間にネットで拡散され、テレビ番組などで朗読された。その生々しさが話題にもなったが、私信が公開されることについて、批判的な声が少なくなかった。「公開イジメ」「やり過ぎ」「いくら芸能人でもこれはかわいそう」などなど。
私もまったく同感。広末涼子にだって人並みに「気持ち」ってものがある。キャンドル・ジュンさんの記者会見を見る限り、むしろ普通の人より情緒不安定、ナイーブのようだ。きっと手紙を書いている時は鳥羽シェフ一人のことを頭に思い浮かべて書いたに違いない。
まさか見ず知らずの大勢の他人に読まれることになるなんて、考えもしなかったのではないだろうか。芸能人なのに脇が甘いという声もあるだろうが、恋愛の初期なんて一種の酔っ払っている状態、もっといえばラリっているようなもの。脇が甘くなる=他のことを考える余地がなくなるから楽しいのだ。
広末鳥羽キャンドル・ウオッチャーの友人はこうもいった。「何も直筆で書かなくてもねえ。LINEとかそういうのがいくらでもあるのに」いやいや、違うのよ。LINEでもメッセンジャーでもインスタでもなんでもあるからこそ手紙を選ぶ気持ち、私にはわかる。スマホの画面じゃつまらない。簡単過ぎるのだ。手紙には書き損じたら、初めから書き直さなきゃならないぐらいの心構えが必要である。広末さんの手紙のクライマックスには一部脱字があって、それがまた生々しさを際立たせていたが。そして、書き文字には生身の自分が宿る。ラブレターとお礼状は手書きに限ると思う。同時に、彼女の字がきれいで感心した。私は字が下手なのでうらやましい。だから手紙にしたのかなあと勘ぐりたくなるぐらい端正な字だった。
私の話で恐縮だが、刊行イベントなどにいらした読者にサインを頼まれることがある。ある時、それを読者がSNSにアップ、コメント欄に読者の友達らしき人が「甘糟さんって作家なのに、字が下手でびっくりした」と無邪気に書き込んでいた。それを見つけて、軽く落ち込んだ。素の自分を否定された気がしたのだ。ましてや、単なるサインではなくて好きな相手に宛てた手書きのラブレターを世の中に晒されたら、私だったら恥ずかしくてノイローゼになるかも。
かつて芸能人や有名人のスキャンダルは大衆の娯楽であり、有名税なんてあるはずもない税制のもと、メディアに出ている人には何をいってもいいし、たいていのことをしてもいいという空気があった。昭和の頃は、事件を起こした芸能人や有名人の自宅にレポーターが押しかけ、ひっきりなしにインターホンを押す場面もめずらしくはなかった。