【書評】『49冊のアンアン』/椎根 和・著/フリースタイル/2200円
【評者】平山周吉(雑文家)
一九七〇年三月に創刊された平凡出版(現、マガジンハウス)の女性誌「アンアン」のむちゃくちゃな創世記を、感性の「開放区」としてホットに回顧するのが『49冊のアンアン』である。「49冊」と限定するのは、この時期二年間が編集長以上の権限を与えられたアートディレクター(AD)堀内誠一の「アンアン」だからだ。
創刊からの二年間は、よど号ハイジャック事件、三島事件、連合赤軍事件とまったく重なる。三島由紀夫は創刊号から登場するが、政治的に退潮する時代の空気は「アンアン」にはない。AD堀内の要望で、編集部は銀座の本社を飛び出し、六本木の中古ビルを土地(八十坪)ごと買って移る。著者の椎根和(「Hanako」の創刊編集長)は「平凡パンチ」から志願して「アンアン」に異動した、まだ二十代の編集者だった。
本書は「49冊」の表紙や尖がったファッション写真をふんだんに見せながら一冊一冊を回顧する。バックナンバーを手元に置きながらの回顧談の如くだが、さにあらず。当時の誌面はいまだに斬新さを失わず、目に訴えかけてくる。
創刊号の表紙には、「上品にみせようとする下品さがなかった。(略)堀内―立木[義浩]コンビには、上品さに憧れるという粗雑なものがなかった」。「粗雑」を許さない精神は、ダメはダメと椎根の中でも貫徹される。なあなあの回想ではなく、批判の舌鋒も鋭い。
各人が勝手にやりたいことをやる。編集部内はバラバラで無政府状態となるも、やたらに自由で、やたらに元気な誌面となる。モデルたちのポーズのなんと自由奔放で、しなやかなことか。
「新人発見主義」の椎根は三宅一生らを発掘し、「自分のやりたい企画をやっているうちに」二大巨匠―立木義浩(ファミリーヌード)と篠山紀信(横尾忠則とのコラボ)の担当になる。こうしてデザイン、写真、ファッション界の豪華な人名録が「アンアン」から出来ていった。「49冊」とは累積赤字の二年間であった。どんでん返しは、堀内や椎根が去った後に起こる。
※週刊ポスト6月30日・7月7日号