【書評】『コムニスムス』/西島大介・著/rn press/3080円
【評者】大塚英志(まんが原作者)
ベトナム戦争を一種の「サーガ」として、二十年近く断続的に描いてきた西島大介が、クメール・ルージュ下のカンボジアを舞台にして描くスピンオフ的な作品である。冷戦時代の「反共」主義が、統一教会とともに奇妙な復興を遂げ、野党と労働組合が「反共」であることを確かめ合わずにはおれない倒錯に見て取れるように、歴史への無知が政治に蔓延する時代にあって、本作が主題の中核に置くのが、まさにこの「無知」の問題である。
クメール・ルージュが人々を結集する手法として、「教育」や「知」への敵意を焚きつけることはよく知られている。中国の文化大革命にも共通の反知性主義だが、作者はカンボジア旧政権の教育政策から排除された老人や、「莫迦であること」、つまり無知が唯一の美徳とされた少女など、「知」から疎外され、遺棄された人々を丹念に描く。資本主義下において、人は経済だけでなく教育や知においても疎外される。その疎外を反転させ「知」への敵意に転じ、知識人を弾圧の対象とするのが、クメール・ルージュや文革である。
作中のクメール・ルージュは「所有しないこと」を以て最強たり得る、というテーゼを唱える。まるで、ひろゆきの「無敵の人」論のように聞こえかねないが、彼のような冷笑はない。「知」がひどく残酷に「無知」な人々を切り捨てることを作者は正確に立論し、それがいかなる対立や悲劇を生むか、作品を通し、問いかけることを厭わない。
そして、これらの、「知」へのヘイトで、人々が政治的に束ねられようとする描写は、当然だが一つ一つが、現在のこの国への正確な批評である。本書がそのことを少しも恐れていないことは特筆すべきである。
その一方で、その無意識の具現化した幻影的キャラクターや、少年スナイパー、貴種の末裔の幼女など、エンターテイメントとしての仕掛けは巧みに作り込まれていて、一気に読ませる筆力がある。『ROCA』に続く、まんが家自身の出版による秀作。
※週刊ポスト2023年7月14日号