京浜急行電鉄・黄金町駅から丘の方へ歩いて10分。町名の由来でもある東福寺“赤門”の目の前にある『愛知屋萩生田商店』は、酒屋と雑貨屋が混ざったような店構えだ。
この店で角打ちができるとは初めは気がつかないだろう。「飲めるのは町の回覧板で知った」(70代)という地元民もいるくらい。
店を入ってすぐ左にかかっている白い暖簾をくぐると、そこには通路一本分、秘密基地のような”飲み空間”があるのだ。
「この辺りは一見、住宅地に見えるでしょ? 昔は店の前の通りには飲み屋が並んでいたんだけど、今はここだけなの。『お、灯りがともってる!』って、店が見えると、嬉しいのよね。こういう灯りのことを”ともしび”っていうのよ」(70代・元女優)
角打ちスペースを切り盛りするのは、3代目店主・萩生田憲久さん(56歳)の母・芙美子さん(82歳)だ。彼女は博学との評判で、和歌に絵にコーラスに観劇と趣味が広く、話をするのを楽しみに集まる客も多いという。この日も常連に連れられて来て、画家が飲んでいた。
「ここは酒屋になる前、戦前は市場で戦後は配給所だったのよ。昔から地域の人たちが集いやすい場所なんでしょうね」と穏やかな笑顔で語る芙美子さん。
この”秘密基地”の壁には書や写真が多く飾ってあって、訪れる客の話のタネになっている。「お客さんが持ってきてくれたのよ」(芙美子さん)という東南アジア製の鮮やかな色のハンモックも吊るされていて、さながら不思議なアート空間だ。
芙美子さんは、「この門前の道は昔っから水はけが悪くてね。大雨が降れば激流になることもあります。関東大震災で火事になったときには、火がこの道を上っていったという話もあってね。いろいろと歴史が刻まれていますね」と話しながら、次々と酒の肴を客らに出していく。
日替わりで3品のお通しが用意されている他、「ママ(芙美子さん)のお料理は何でもおいしいのよ。特に焼き鳥はおすすめ。私はいつも注文するの」(前出の元女優)とメニューも豊富だ。